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福岡県内の発砲事件は今年、建設会社社長や県警の元警部が撃たれ重傷を負った事件などに続き4件目。同県では昨年、発砲事件が全国最多の18件起きたが、今年の発生分も含め県警が容疑者を逮捕したのは2件にとどまっている。
 
福岡県内の発砲事件は今年、建設会社社長や県警の元警部が撃たれ重傷を負った事件などに続き4件目。同県では昨年、発砲事件が全国最多の18件起きたが、今年の発生分も含め県警が容疑者を逮捕したのは2件にとどまっている。
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== 工藤会系組長ら7人逮捕。住宅融資5千万円詐取(2012年11月) ==
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福岡県警と大阪府警は11月7日までに、[[住宅ローン]]融資の名目で[[大阪市]]と[[福岡市]]の銀行から計5300万円をだまし取ったとして、詐欺容疑で北九州市小倉南区長野東町、指定暴力団工藤会系組長、福山幸一容疑者(54)ら7人を逮捕した。
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逮捕容疑は2007年11月ごろ、福岡市の銀行に返済能力がないのに収入や労働実態を偽って申告し、住宅ローンの融資金2400万円をだまし取り、2008年8月ごろにも、大阪市の銀行から同様の手口で2900万円をだまし取った疑い。
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福岡県警によると、福山容疑者らはローンの返済をほとんどせず、だまし取った金で住宅を建設し、組員を住まわせるなどしていた。県警は工藤会の活動の資金源となった疑いもあるとみて調べている。
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== 組幹部、事件後に昇格か。福岡・中間の建設会社社長銃撃(2012年12月) ==
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福岡県中間市で2012年1月、建設会社社長が銃撃され重傷を負った事件で、殺人未遂などの容疑で逮捕された暴力団工藤会系組幹部、福田伸也(38)らの関係先から押収した衣類に、発砲の際に付着したとみられる硝煙反応があったことが[[12月6日]]、捜査関係者への取材で明らかになった。福田が事件後、工藤会内で昇格したとみられることも分かった。
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福岡県警は同会が組織的に犯行に関わった可能性があるとみて調べている。県警は近く、工藤会の関係先を同容疑などで家宅捜索する方針。
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県警は、福田らの関係先から事件で使われたとみられる拳銃と同じ口径の薬きょうや、目撃された実行犯が着ていたものに似た衣類を押収。押収物には同容疑者らの指紋が付着し、衣類からは硝煙反応が検出された。こうした物証が逮捕の決め手になった。
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福田は工藤会元会長の出身母体となった有力な2次団体の幹部。同会本部でも役職に就いていたが、事件後に昇格した。幹部が事件に直接関与したとみられることについて、県警幹部は「末端組員が逮捕・収監のリスクを恐れて襲撃に二の足を踏む状況が出てきたのではないか」などと指摘している。
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福田らの逮捕容疑は2012年1月、中間市の黒瀬建設中間支店前の路上で、同社社長だった黒瀬隆さん(53)に向けて拳銃を数発撃ち、腹や腕に全治約3カ月の重傷を負わせた疑い。
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== 最も凶悪なヤクザ「工藤会」メンツをかけて挑む福岡県警の「頂上作戦」(2014年11月) ==
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最も凶悪なヤクザ-。米国がそう評した暴力団に対する警察当局の「頂上作戦」が、[[九州]]の地で展開されている。
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[[福岡県警]]は9~10月、約16年前の射殺事件などに関連し、特定危険指定暴力団「工藤会」のトップ、同会総裁の[[野村悟]]被告(67)=後に殺人や組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)罪などで起訴=ら関係者計16人を逮捕した。
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以前から一般市民が狙われる事件が頻発し、工藤会の関与もささやかれながら、「頂上」まではたどり着けなかった警察当局。今回、福岡県警は全警察官・職員約1万2千人の3割に相当する3800人態勢の捜査本部を設置。本部長自ら記者会見に臨んで「不退転の決意」を表明するなど、かつてない“本気”がうかがえる。
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[[9月11日]]午前6時40分ごろ、ヘルメット姿に楯で装備した機動隊員に続き、100人近い捜査員が[[北九州市]]小倉北区にある豪邸へ次々と入っていった。工藤会総裁、野村悟被告の自宅だ。物々しい雰囲気の中、約40分後に野村被告を乗せた捜査車両が姿を現すと、スーツ姿の組関係者らは頭を下げ、自宅を後にする総裁を見送った。
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約2時間40分後、福岡県警小倉北署で開かれた野村被告逮捕の記者会見。樋口真人本部長が並々ならぬ決意を語った。
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「テロ行為ともいうべき卑劣な事件は社会全体に対する挑戦で、工藤会の壊滅に向け警察が前面に立ち、不退転の決意で臨む」
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容疑者逮捕の記者会見を県警トップが行うのは極めて異例。福岡県警が工藤会に対し、「頂上作戦」を高らかに宣言した瞬間だった。
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野村被告の最初の逮捕容疑は[[平成10年]]2月、元漁協組合長、梶原国弘さん=当時(70)=が工藤会(当時・工藤連合草野一家)傘下の田中組幹部に射殺された事件の指示役とされたもので、殺人と銃刀法違反容疑で逮捕された。
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トップ摘発から2日後の13日には、行方をくらましていたナンバー2の同会会長、田上不美夫被告(58)=後に殺人や組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)罪などで起訴=も逮捕する。
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警察は手を緩めない。女性看護師が昨年1月に刃物で切り付けられた事件で、組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)容疑で野村被告と田上被告を再逮捕。新たにナンバー3の理事長ら関係者計14人も逮捕した。
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警察当局の“本気”がうかがえる徹底した捜査。とりわけ、野村被告を最初に逮捕した元漁協組合長の事件には執念さえみえる。
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16年前の事件であるだけでなく、田上被告は14年に他の組幹部3人とともに元漁協組合長に対する殺人容疑で逮捕されたが不起訴となっていた。県警は今回、当時起訴されていた実行犯ら3人の公判資料を改めて調べ、関係者を聴取した結果、上層部の関与を示す新証拠を見つけたという。
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そもそも同事件は、港湾整備事業への利権介入を元漁協組合長に拒まれたことに対する報復とされている。また、看護師の事件は、女性の勤務先である北九州市の医療機関に通院していた野村被告と病院との間でトラブルがあったのが理由、との見方がある。いずれも事実なら身勝手な動機で市民が襲撃されたことになる。警察としては全容解明が至上命令だ。
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一方、北九州市では[[平成15年]]8月、経営者が暴力団追放運動のリーダー的存在だったクラブに手投げ弾が投げ込まれる事件があり、11人が重軽傷を負った。24年には中間市の建設会社社長が銃撃を受けた。長年暴力団捜査を担当した県警元警部の狙撃事件もあった。
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いずれも工藤会の組織的関与が疑われながら、有力な手がかりが得られず、全容解明には至っていない。県警は一連の事件についても関与を暴き、壊滅に追い込みたい考えがある。
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県警が壊滅に執念を燃やしながら、決定的な打撃を与えられずにいた工藤会。「武闘派」として知られ、国内最大の暴力団「山口組」が盃を交わしていない数少ない組織だという。
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警察庁の資料などによると、構成員は約560人とされる。これは全国で26,000人いる暴力団構成員のわずか2%ほどでしかない。山口組と比較してみても20分の1という小さな暴力団だ。
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このサイズが、かえって力の源泉になっているとされる。規模の小ささゆえに、組織の締め付けが非常に強固になっているというのだ。工藤会は末端の組員を逮捕しても一様に口を開かないとされるが、それは口を開けば自らの命が危ないからであり、締め付けが行き届いているからとみられている。
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こうした姿勢は、[[平成12年]]に野村被告がナンバー2の会長に就任したころ以降、顕著になっていったとされる。市民が狙われる殺傷事件が相次ぎ、工藤会の関与が取りざたされるようになったのも、このころからだ。
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24年には、改正暴力団対策法(暴対法)に基づき、指定区域内で構成員が不当な要求をした場合、中止命令などの手続きを踏まなくても逮捕できる「特定危険指定暴力団」に指定された。あいさつ料などを拒否した事業者を襲撃し、今後も繰り返す恐れがある場合に適用されるもので、工藤会が唯一の指定。数ある暴力団の中でも“さらに悪い暴力団”というわけだ。
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工藤会を危険視しているのは国内だけではない。今年7月、最高幹部が米財務省によって経済制裁の対象に追加指定され、米国人との経済取引が禁じられた。米財務省はその際、工藤会を「世界最大の犯罪組織であるヤクザの中でも、最も凶悪な組織」と指摘している。
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--(市民を標的とした事件に)工藤会は関与していないのか?
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「過去にも、これから先も工藤会が関与していくことはありません。ここで断言しておきますが、組織的に関与したという事例は今まで一度もありません」
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このやりとりは、[[2012年]]に中東の衛星テレビ「[[アルジャジーラ]]」が放映した、日本の暴力団特集の一コマ。通訳を介した外国人記者の質問に、工藤会幹部が時折笑顔を交えながら、丁寧に答えている。
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「暴力団は犯罪者集団のように言われているが、どのような組織にも落ちこぼれがいて、犯罪者が出てきます。警察組織でも一緒」
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「暴力団というのは警察が作った用語で、われわれにはそういう認識はない。任侠道、ヤクザです。それを誇りに思っています」
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幹部はこうも話している。工藤会は、暴力団の中でも警察当局への敵対心が突出しているとされ、インタビューの会話からも一端がうかがえる。
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一方、福岡県警の樋口本部長は、一連の事件での2度目の記者会見で、工藤会組員に対し、メッセージを送った。
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「速やかに離脱することを期待している。工藤会は下の者の苦労と危険、犠牲の上に、一部幹部が豊かな生活を送っている。工藤会にすがり翻弄され、家族の人生を棒に振る必要はない。人生をやり直すチャンスだ」
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「不退転の決意」と合わせ、硬軟織り交ぜた発言。あらゆる手を駆使して工藤会を壊滅に追い込もうという現れだろう。
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ただ、暴力団情勢に詳しい[[ノンフィクション]][[作家]]の[[溝口敦]]さんは「北九州では官製の暴力団排除運動は盛んだが、市民の本音のところは分からない。工藤会と共存することで、いい思いをしてきた人たちは残っていると思うし、報復を恐れてこれまでの関係が断ち切れなかった人もいるだろう」と指摘。「(暴力団の)壊滅を目指すのであれば、市民全体の意識が変わる必要があるかもしれない」と述べている。
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== 工藤会理事長代行ら、殺人などで逮捕(2015年4月) ==
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[[福岡県]][[中間市]]で[[2008年]]9月に指定暴力団工藤会傘下の組幹部が射殺された事件に関与した疑いが強まったとして、[[福岡県警]]は、工藤会理事長代行の木村博(62)=恐喝未遂罪などで公判中=らを殺人などで近く逮捕する方針を固めた。
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事件は2008年[[9月10日]]未明に発生。木村が組長を務める組の幹部だった安高(あたか)毅・相談役(当時66)が中間市桜台2丁目の自宅で、頭や胸など計4カ所を拳銃で撃たれて死亡した。
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この事件で県警は、2009年9~10月に木村を含め計5人を殺人と[[銃刀法違反]]で逮捕。木村ら3人は[[福岡地検]]小倉支部が処分保留で釈放したが、木村の組の幹部と別の工藤会傘下の組員の2人が起訴された。[[2013年]]4月、組幹部を無期懲役とし、組員を無罪とする高裁判決が確定した。
  
 
== 五代目工藤會 ==
 
== 五代目工藤會 ==
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* 事務室長 上髙組組長・上髙謙一
 
* 事務室長 上髙組組長・上髙謙一
  
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==外部リンク==
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* [http://search.yahoo.co.jp/search?p=%22%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%97+%E8%A3%81%E5%88%A4%E5%93%A1%E5%88%B6%E5%BA%A6%22&ei=UTF-8&fr=top_ga1&x=wrt ヤフー検索"ストップ 裁判員制度"]
 
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2016年6月11日 (土) 16:53時点における最新版

工藤會(工藤会)は、福岡県北九州市に本部を置く指定暴力団。構成員数は2011年度の警察庁の報告によればおよそ630。

北九州地区最大かつ九州地方最大規模の暴力団組織で、北部九州地方に根差した他の数多の暴力団組織と同様、極めて好戦的な傾向を有することが指摘されており、強烈な反警察志向、容易に激昂する、手段としての闘争ではなく闘争行動それ自体に価値を見出す、などの傾向を有することで知られる『九州ヤクザ』の好例であるとの評がある。

暴力団追放運動の関係者宅や一般企業に銃撃し、平然と手榴弾を投げ込むなど、いわゆるカタギの市民をも攻撃対象とすることからまた悪名高く、関係事案の公判において、工藤会への恐怖から証言者5名のうち4名が証言を拒否するなどの異常事態が確認されている。福岡県庁はこうしたことから『極めて凶悪な組織』と形容。警察庁も『極めて悪質な団体』と名指しする。

山口組の旗手としても知られ、九州地方の独立組織でつくる四社会という親睦団体を道仁会太州会熊本会とともに結成している。

来歴[編集]

会長 期間
工藤玄治 創立—1987
草野高明 1987—1990
溝下秀男 1990—2000
野村悟 2000—2011
田上文雄 2011—現在

前身は前の小倉に結成された『工藤組』という博徒組織で、その初代が工藤玄治であった。

1946年(昭和21年)、福間町福間競馬場のスタンドの中央で、下関合田一家の合田幸一総長や工藤玄治から成る集団と、朝鮮連盟の者らとの喧嘩が起こった。するとたまたま居合わせた大長組大長健一組長以下組員ら5名が合田・工藤らへの援軍に入り、朝鮮連盟の者たちを叩きのめした。その後、一行は博多に入った。

1950年(昭和25年)、若松市の暴力団・梶原組の組員が、工藤組草野組・草野高明組長の弟を刺殺。梶原組と草野組は和解することなく対立を続けた。1963年(昭和38年)には三代目山口組若頭地道行雄が北九州市内の安藤組と長畠組、そして梶原組を傘下に収める。その後梶原国弘は北九州市での力道山プロレス興行の実施を地道を通して三代目山口組田岡組長に依頼し、これを田岡が即座に了承。ところがこれを知った草野高明が、梶原への対抗から、市内での北原謙二の公演の開催を決定。これを直接のきっかけとして、工藤組組員らが山口組系組員らを河原で虐殺する、いわゆる紫川事件が発生した。

紫川事件から服役するに至った草野高明が出所後に工藤組を離脱したうえで草野一家を結成。そこから抗争状態に突入した工藤会と草野一家は、双方の幹部に死者を出しながら福岡県下全域で激しい銃撃戦を展開した。特に傘下田中組の組長が草野一家極政会によって殺害された1980年(昭和56年)を境に抗争は激化の一途を辿った。

そうして激しい抗争を続けたものの、1987年(昭和62年)をもってついに草野一家と合併。それまでの『工藤会』から『工藤連合草野一家』へと名を変え、草野一家の総長であった草野高明が当代の総長に就任。やがて若頭であった溝下秀男が1990年(平成2年)に三代目を襲名。1992年(平成4年)に暴力団対策法に基づく指定暴力団となった。

1999年(平成11年)をもって『工藤會』と名を変え、翌2000年(平成12年)に野村悟が四代目を継承。やがて最大傘下組織・田中組の組長であった田上文雄が2011年(平成23年)に五代目を襲名し、前会長の野村は総裁に退いた。

情勢[編集]

その主な資金獲得活動には、みかじめ料の要求、違法薬物の密売、公共工事などへの不当介入、更には一般の商取引および経済取引部門への介入、などが含まれるものと見られている。

2000年代から重武装化の兆候が確認されており、2011年には組織の武器庫の一つであったものと見られる、アメリカ製の回転式拳銃やサイレンサー付きの半自動拳銃、イスラエル製ウージー短機関銃やM4カービン自動小銃などの殺傷能力の高い銃火器群を大量に収めたマンションの一室が福岡市内で摘発されている。

他団体関係[編集]

道仁会太州会熊本会とは四社会を通して盟友関係にある。住吉会とは親戚団体の関係にある。山口組関係者の言によると、司六代目体制に入った山口組が組織ぐるみの縁を築いていない組織は、道仁会住吉会、そして工藤会のみである。

かつては山口県合田一家兵庫県忠成会広島県共政会岡山県浅野組などとともに、反山口組を掲げる親睦団体・関西二十日会を結成していた。

2001年度の警察白書は、その前年に発生した暴力団抗争事件の目立った事例として、工藤会の山口組との抗争事件を採り上げている。福岡県と山口県を舞台に頻発したその抗争事件の過程で、工藤会は山口組傘下組織の組長を射殺している。

2008年に三代目会長の溝下秀男が死去した際には、同業界すなわち暴力団界の代紋頭や最高幹部などの大物陣が日本全国各地から葬儀に駆けつけた。いわゆる指定暴力団組織に着目すれば、全22団体中、九州誠道会のみを除いた全団体の頭目ないしはその名代が参列した。

暴追関係[編集]

暴力団対策法実施後の1994年、当局から受けていた再発防止命令を無視してみかじめ料の要求を行ったとして傘下組織の組員が検挙された。これは全国初の同法違反に基づく検挙例であった。

2006年には福岡県警の製作による反暴力団関係のビデオに関し、これの学校での上映を検討していた市教委に対して上映の中止を要望する旨の申し入れを行ったことが注目を集めた。最高顧問の林武男名義で送付されたその請願書は、当該ビデオの上映を人権侵害に当たる行為であるとし、それによって起こりうる組員の子息らへのいじめの誘発への懸念の旨などを記していた。これに対して市教委は返答が可能な段階には未だ至っていないとし、県警側は指摘されたような内容のものではないとの反論を示した。

北九州市内小倉南区に新たな事務所を設立した2010年には、その立地が小学生児童らの通学路に隣していたことが問題となった。これを受けて北九州市は近辺への防犯カメラの配置を決定。それからほどなくして県では暴力団排除条例が実施の運びに至り、警察庁長官の安藤隆春が現地を視察。工藤会を壊滅に追い込むよう捜査員らに訓示した。

防犯標榜活動[編集]

工藤会はいわゆる中国人犯罪の排除を提唱し、1990年代の後半頃からというもの、組員数十人を動員したうえで北九州市内の繁華街における中国人経営の風俗店や酒場の存在を調査させ、発見しだいそれらを街から追放するという活動を行ってきた。市内小倉の繁華街にあっては、中国人経営のスナックが放火されるなどの事件が相次ぎ、中国人の経営によるその種の店舗は街から完全に姿を消している。

市民対象暴力[編集]

工藤会はいわゆるカタギの一般市民をも容易に攻撃対象に加えるとして悪名を高めている。著名な事例としては、歴史的なものでは、中華人民共和国在福岡総領事館を散弾銃で攻撃(1988年)、福岡県警元暴力団担当警部宅にガソリンを撒布し放火(1988年)、パチンコ店や区役所出張所などを17件前後にわたって連続的に銃撃(1994年)、などが挙げられ、2000年代以降のものでは、暴力団事務所撤去の運動に取り組んでいた商店に車両で突撃、暴力追放を公約に掲げて当選した中間市長の後援市議を襲撃、警察官舎敷地内の乗用車に爆弾を設置、九州電力の会長宅に爆発物を投擲、西部ガスの関連会社と同社役員の親族宅を銃撃、暴力団追放運動主導者の経営するクラブに手榴弾を投擲、次期総理大臣であった安倍晋三下関市の自宅と後援会事務所に火炎瓶を投擲、工藤会追放運動を推進していた自治連役員宅を銃撃、みかじめ料の要求を断ったパチンコ店を火炎瓶や放火などをもって執拗に攻撃、などが幅広い報道の対象となった。

わけても手榴弾を用いたクラブ襲撃事件は、福岡県警が大規模な取り締まり強化態勢を布いていたさなかの出来事であり、この件を受けて県警幹部は、これを市民に対する『テロ行為』であるものと断言、『工藤会は越えてはならない一線を越えた』との声明を発した。西部ガスの件を全国ニュースとして報道したNHKは工藤会関係者を名乗る男からの脅迫電話を受け取っている。

工藤会元幹部が撃たれ死亡、福岡県筑紫野市(2012年7月)[編集]

7月8日午後3時40分ごろ、福岡県筑紫野市光が丘3のマンション入り口で「人が倒れている」と110番があった。福岡県警によると、倒れていたのは暴力団工藤会(本部・北九州市)の江藤允政元幹部(65)で、腹部から血を流していた。拳銃で数発撃たれたとみられ、病院に搬送されたが、間もなく死亡が確認された。

県警筑紫野署は犯行の手口などから暴力団が関与した疑いがあるとみて、殺人容疑で捜査を始めた。

県警によると、江藤元幹部は現場のマンションの住人。1階入り口のオートロック式ドアの内側で、長袖シャツにジーンズ姿であおむけに倒れていた。近くの住民が同日午後3時ごろ、拳銃の発射音とみられる音を複数回聞いたという。

県警によると、江藤元幹部は2008年に引退していた。県警は暴力団関係者と何らかのトラブルを抱えていた可能性があるとみている。

現場はJR鹿児島本線の原田駅から東に約2キロメートルのマンションなどが立ち並ぶ住宅地。付近には小学校やスーパーなどがある。筑紫野署は9日、署員ら約50人態勢で、筑紫野市内の小中学校の通学路を警戒する予定。

福岡県内の発砲事件は今年、建設会社社長や県警の元警部が撃たれ重傷を負った事件などに続き4件目。同県では昨年、発砲事件が全国最多の18件起きたが、今年の発生分も含め県警が容疑者を逮捕したのは2件にとどまっている。

工藤会系組長ら7人逮捕。住宅融資5千万円詐取(2012年11月)[編集]

福岡県警と大阪府警は11月7日までに、住宅ローン融資の名目で大阪市福岡市の銀行から計5300万円をだまし取ったとして、詐欺容疑で北九州市小倉南区長野東町、指定暴力団工藤会系組長、福山幸一容疑者(54)ら7人を逮捕した。

逮捕容疑は2007年11月ごろ、福岡市の銀行に返済能力がないのに収入や労働実態を偽って申告し、住宅ローンの融資金2400万円をだまし取り、2008年8月ごろにも、大阪市の銀行から同様の手口で2900万円をだまし取った疑い。

福岡県警によると、福山容疑者らはローンの返済をほとんどせず、だまし取った金で住宅を建設し、組員を住まわせるなどしていた。県警は工藤会の活動の資金源となった疑いもあるとみて調べている。

組幹部、事件後に昇格か。福岡・中間の建設会社社長銃撃(2012年12月)[編集]

福岡県中間市で2012年1月、建設会社社長が銃撃され重傷を負った事件で、殺人未遂などの容疑で逮捕された暴力団工藤会系組幹部、福田伸也(38)らの関係先から押収した衣類に、発砲の際に付着したとみられる硝煙反応があったことが12月6日、捜査関係者への取材で明らかになった。福田が事件後、工藤会内で昇格したとみられることも分かった。

福岡県警は同会が組織的に犯行に関わった可能性があるとみて調べている。県警は近く、工藤会の関係先を同容疑などで家宅捜索する方針。

県警は、福田らの関係先から事件で使われたとみられる拳銃と同じ口径の薬きょうや、目撃された実行犯が着ていたものに似た衣類を押収。押収物には同容疑者らの指紋が付着し、衣類からは硝煙反応が検出された。こうした物証が逮捕の決め手になった。

福田は工藤会元会長の出身母体となった有力な2次団体の幹部。同会本部でも役職に就いていたが、事件後に昇格した。幹部が事件に直接関与したとみられることについて、県警幹部は「末端組員が逮捕・収監のリスクを恐れて襲撃に二の足を踏む状況が出てきたのではないか」などと指摘している。

福田らの逮捕容疑は2012年1月、中間市の黒瀬建設中間支店前の路上で、同社社長だった黒瀬隆さん(53)に向けて拳銃を数発撃ち、腹や腕に全治約3カ月の重傷を負わせた疑い。

最も凶悪なヤクザ「工藤会」メンツをかけて挑む福岡県警の「頂上作戦」(2014年11月)[編集]

最も凶悪なヤクザ-。米国がそう評した暴力団に対する警察当局の「頂上作戦」が、九州の地で展開されている。

福岡県警は9~10月、約16年前の射殺事件などに関連し、特定危険指定暴力団「工藤会」のトップ、同会総裁の野村悟被告(67)=後に殺人や組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)罪などで起訴=ら関係者計16人を逮捕した。

以前から一般市民が狙われる事件が頻発し、工藤会の関与もささやかれながら、「頂上」まではたどり着けなかった警察当局。今回、福岡県警は全警察官・職員約1万2千人の3割に相当する3800人態勢の捜査本部を設置。本部長自ら記者会見に臨んで「不退転の決意」を表明するなど、かつてない“本気”がうかがえる。

9月11日午前6時40分ごろ、ヘルメット姿に楯で装備した機動隊員に続き、100人近い捜査員が北九州市小倉北区にある豪邸へ次々と入っていった。工藤会総裁、野村悟被告の自宅だ。物々しい雰囲気の中、約40分後に野村被告を乗せた捜査車両が姿を現すと、スーツ姿の組関係者らは頭を下げ、自宅を後にする総裁を見送った。

約2時間40分後、福岡県警小倉北署で開かれた野村被告逮捕の記者会見。樋口真人本部長が並々ならぬ決意を語った。

「テロ行為ともいうべき卑劣な事件は社会全体に対する挑戦で、工藤会の壊滅に向け警察が前面に立ち、不退転の決意で臨む」

容疑者逮捕の記者会見を県警トップが行うのは極めて異例。福岡県警が工藤会に対し、「頂上作戦」を高らかに宣言した瞬間だった。

野村被告の最初の逮捕容疑は平成10年2月、元漁協組合長、梶原国弘さん=当時(70)=が工藤会(当時・工藤連合草野一家)傘下の田中組幹部に射殺された事件の指示役とされたもので、殺人と銃刀法違反容疑で逮捕された。

トップ摘発から2日後の13日には、行方をくらましていたナンバー2の同会会長、田上不美夫被告(58)=後に殺人や組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)罪などで起訴=も逮捕する。

警察は手を緩めない。女性看護師が昨年1月に刃物で切り付けられた事件で、組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)容疑で野村被告と田上被告を再逮捕。新たにナンバー3の理事長ら関係者計14人も逮捕した。

警察当局の“本気”がうかがえる徹底した捜査。とりわけ、野村被告を最初に逮捕した元漁協組合長の事件には執念さえみえる。

16年前の事件であるだけでなく、田上被告は14年に他の組幹部3人とともに元漁協組合長に対する殺人容疑で逮捕されたが不起訴となっていた。県警は今回、当時起訴されていた実行犯ら3人の公判資料を改めて調べ、関係者を聴取した結果、上層部の関与を示す新証拠を見つけたという。

そもそも同事件は、港湾整備事業への利権介入を元漁協組合長に拒まれたことに対する報復とされている。また、看護師の事件は、女性の勤務先である北九州市の医療機関に通院していた野村被告と病院との間でトラブルがあったのが理由、との見方がある。いずれも事実なら身勝手な動機で市民が襲撃されたことになる。警察としては全容解明が至上命令だ。

一方、北九州市では平成15年8月、経営者が暴力団追放運動のリーダー的存在だったクラブに手投げ弾が投げ込まれる事件があり、11人が重軽傷を負った。24年には中間市の建設会社社長が銃撃を受けた。長年暴力団捜査を担当した県警元警部の狙撃事件もあった。

いずれも工藤会の組織的関与が疑われながら、有力な手がかりが得られず、全容解明には至っていない。県警は一連の事件についても関与を暴き、壊滅に追い込みたい考えがある。

県警が壊滅に執念を燃やしながら、決定的な打撃を与えられずにいた工藤会。「武闘派」として知られ、国内最大の暴力団「山口組」が盃を交わしていない数少ない組織だという。

警察庁の資料などによると、構成員は約560人とされる。これは全国で26,000人いる暴力団構成員のわずか2%ほどでしかない。山口組と比較してみても20分の1という小さな暴力団だ。

このサイズが、かえって力の源泉になっているとされる。規模の小ささゆえに、組織の締め付けが非常に強固になっているというのだ。工藤会は末端の組員を逮捕しても一様に口を開かないとされるが、それは口を開けば自らの命が危ないからであり、締め付けが行き届いているからとみられている。

こうした姿勢は、平成12年に野村被告がナンバー2の会長に就任したころ以降、顕著になっていったとされる。市民が狙われる殺傷事件が相次ぎ、工藤会の関与が取りざたされるようになったのも、このころからだ。

24年には、改正暴力団対策法(暴対法)に基づき、指定区域内で構成員が不当な要求をした場合、中止命令などの手続きを踏まなくても逮捕できる「特定危険指定暴力団」に指定された。あいさつ料などを拒否した事業者を襲撃し、今後も繰り返す恐れがある場合に適用されるもので、工藤会が唯一の指定。数ある暴力団の中でも“さらに悪い暴力団”というわけだ。

工藤会を危険視しているのは国内だけではない。今年7月、最高幹部が米財務省によって経済制裁の対象に追加指定され、米国人との経済取引が禁じられた。米財務省はその際、工藤会を「世界最大の犯罪組織であるヤクザの中でも、最も凶悪な組織」と指摘している。

--(市民を標的とした事件に)工藤会は関与していないのか?

「過去にも、これから先も工藤会が関与していくことはありません。ここで断言しておきますが、組織的に関与したという事例は今まで一度もありません」

このやりとりは、2012年に中東の衛星テレビ「アルジャジーラ」が放映した、日本の暴力団特集の一コマ。通訳を介した外国人記者の質問に、工藤会幹部が時折笑顔を交えながら、丁寧に答えている。

「暴力団は犯罪者集団のように言われているが、どのような組織にも落ちこぼれがいて、犯罪者が出てきます。警察組織でも一緒」

「暴力団というのは警察が作った用語で、われわれにはそういう認識はない。任侠道、ヤクザです。それを誇りに思っています」

幹部はこうも話している。工藤会は、暴力団の中でも警察当局への敵対心が突出しているとされ、インタビューの会話からも一端がうかがえる。

一方、福岡県警の樋口本部長は、一連の事件での2度目の記者会見で、工藤会組員に対し、メッセージを送った。

「速やかに離脱することを期待している。工藤会は下の者の苦労と危険、犠牲の上に、一部幹部が豊かな生活を送っている。工藤会にすがり翻弄され、家族の人生を棒に振る必要はない。人生をやり直すチャンスだ」

「不退転の決意」と合わせ、硬軟織り交ぜた発言。あらゆる手を駆使して工藤会を壊滅に追い込もうという現れだろう。

ただ、暴力団情勢に詳しいノンフィクション作家溝口敦さんは「北九州では官製の暴力団排除運動は盛んだが、市民の本音のところは分からない。工藤会と共存することで、いい思いをしてきた人たちは残っていると思うし、報復を恐れてこれまでの関係が断ち切れなかった人もいるだろう」と指摘。「(暴力団の)壊滅を目指すのであれば、市民全体の意識が変わる必要があるかもしれない」と述べている。

工藤会理事長代行ら、殺人などで逮捕(2015年4月)[編集]

福岡県中間市2008年9月に指定暴力団工藤会傘下の組幹部が射殺された事件に関与した疑いが強まったとして、福岡県警は、工藤会理事長代行の木村博(62)=恐喝未遂罪などで公判中=らを殺人などで近く逮捕する方針を固めた。

事件は2008年9月10日未明に発生。木村が組長を務める組の幹部だった安高(あたか)毅・相談役(当時66)が中間市桜台2丁目の自宅で、頭や胸など計4カ所を拳銃で撃たれて死亡した。

この事件で県警は、2009年9~10月に木村を含め計5人を殺人と銃刀法違反で逮捕。木村ら3人は福岡地検小倉支部が処分保留で釈放したが、木村の組の幹部と別の工藤会傘下の組員の2人が起訴された。2013年4月、組幹部を無期懲役とし、組員を無罪とする高裁判決が確定した。

五代目工藤會[編集]

  • 総裁 野村悟
  • 会長 田上文雄
  • 最高顧問 林武男
  • 執行部
    • 会長代行 本田組組長・本田三秀
    • 理事長 五代目田中組組長・菊池啓吾
    • 総本部長 石田組組長・石田正雄
    • 幹事長 二代目津川組組長・木村 博
    • 組織委員長 三代目極政組組長・今田雄二
    • 風紀委員長 長谷川組組長・長谷川泰三
    • 懲罰委員長 山本組組長・山本峰貢
    • 渉外委員長 篭縞組組長・篭縞武志
    • 総務委員長 山中(政)組組長・山中政吉
    • 事務局長 田中(十)組組長・田中十四春
    • 理事長補佐 山下組組長・山下義徳
  • 顧問 添島組組長・添島弘之
  • 常任相談役
    • 三代目林組組長・林忠道
    • 永田組組長・永田雅登
    • 中島組組長・中島直人
    • 玉井組組長・玉井金芳
    • 緒方組組長・緒方紀年
    • 三代目土谷組・奥平政義
    • 松本組組長・松本光将
    • 林(政)組組長・林政美
    • 二代目矢坂組組長・山本和義
    • 西田組組長・西田明吉
  • 総裁秘書 木政組組長・木村政勝
  • 総裁付
    • 白石組組長・白石孝
    • 大池組組長・大池洋司
    • 大原組組長・大原康昭
    • 井塚組組長・井塚則夫
    • 久保組組長・久保恵
  • 事務室長 上髙組組長・上髙謙一

外部リンク[編集]

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