月澹荘綺譚

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月澹荘綺譚』(げったんそうきたん)は、三島由紀夫短編小説怪談と分類されることもある。1965年(昭和40年)、雑誌「文藝春秋」1月号に掲載された。単行本は同年7月30日に新潮社より刊行の『三熊野詣』に収録された。現行版は新潮文庫の『岬にての物語』とちくま文庫の『雛の宿』に収録されている。

伊豆半島の岬にかつてあった月澹荘という別荘をめぐる40年前の奇怪な物語。見つめる目と愛の不能、意識と行為の絶対的な溝というテーマを、夏の岬の自然を背景に描いたグロテスクで美しいフィクションである[1]

あらすじ[編集]

去年の夏、私は伊豆半島南端の下田に滞在中、城山の岬をめぐり、かつて明治の元勲・大澤照久侯爵が建てた「月澹荘」という名の別荘にまつわる40年前の話を一人の老人から聞いた。その老人・勝造は、漁師の父が別荘番をしていた関係で、大澤照久侯爵の嫡男・照茂と幼友達であった。照茂は侯爵が亡くなると家督を継ぎ、大正13年(1924年)に20歳で結婚した。その夏、新婚夫婦は月澹荘を訪れたが、翌年の秋に別荘は火事で焼失した。無人の別荘の出火の原因は不明だった。それを機に夫人は別荘の土地を下田へ寄附する旨の手紙を勝造に送った。その手紙の送り主が主人の照茂でなかったのは、その年すでに照茂はこの世にいなかったからだった。

新婚の照茂夫人は、初めて月澹荘を訪れたとき、庭で誰かの視線を常に感じていた。照茂が死んだ翌年、夫人は一人で月澹荘を訪れ、夫がなぜあんなふうに死んだのか、何か秘密の事情を隠しているらしい勝造に問うた。勝造は2年前の出来事を語りだした。それは照茂が結婚する前年、照茂が19歳、勝造が18歳の夏だった。城山を散策中、二人は白痴の娘・君江が赤いグミの実を摘んでいるのを見かけた。照茂は君江の腰をじっと見つめ出し、勝造に君江を強姦するように命令した。殿様の言うことに忠実で従うことしかできなかった勝造は、しゃにむに目的を遂げようと君江を襲った。その間、照茂はじっと冷酷な感情のない澄んだ目で、泣いて咽ぶ君江の顔を至近距離で水棲動物の生態を観察するかのように見ていた。君江はその視線から逃れようと必死だった。勝造の秘密の告白を聞いた夫人は、なぜ君江が勝造でなく照茂を憎んだのか納得した。そして結婚以来一度も夫婦の契りがなかったこと、夫はただじっとすみずみまで熱心に見るだけだったことを勝造に告げた。

照茂は夫人と月澹荘を訪れた夏、岬近くの茜島という小島へスケッチに行ったまま、崖で死んでいたのだった。頭を砕かれ海へずり落ちそうになっていた。勝造はそれを一目見て、君江が殺したのだとすぐ解った。照茂の両眼はえぐられ、そのうつろには夏グミの実がきっしり詰め込んであった。

登場人物[編集]

歴史や漢詩七言絶句などに造詣が深い研究者。去年夏に下田に滞在中、以前から興味を持っていた名前の月澹荘を探す。月澹荘は、かつてその岬の城山に明治の元勲・大澤照久侯爵の建てた別荘で、名前の由来は呉子華の「月澹ク煙沈ミ暑気清シ」という七言絶句来ている。
照茂
元勲・大澤照久侯爵の嫡男。無口で敏活でなく、ただ目だけが潤んで大きく、物をじっと見て観察することしかしない。父の死後、家督を継ぎ、20歳で結婚。父は下級武士の出身であったが、一代で貴顕となった。
勝造
照茂の幼友達だった老人。を荒く的確に使い作った面のような顔。単純な目鼻立ちなりに深く皺が刻まれ、黒檀の光沢を放っている。勝造の父親(漁師)は月澹荘の別荘番をしていた。勝造は幼少・青年時代、1歳年上の照茂の遊び相手となり、照茂の命令には忠実だった。父の死後、引継いで別荘番となる。
若夫人
照茂の美しい若妻。高貴な夫人。大正13年(1924年)に結婚し、その夏に月澹荘を訪れる。
君江
白痴の娘。子供らに石をぶつけられても怒らず、人に害は加えない性質だった。

作品評価・解説[編集]

渡辺広士は、「見つめる目と愛の不能、言い換えると意識と行為の絶対的な溝というテーマの、グロテスクで美しいフィクションである」[1]と解説している。

三島由紀夫は本作が収録された『三熊野詣』のあとがきで、「この集は、私の今までの全作品のうちで、もつとも退廃的なものであらう。私は自分の疲労を、無力感と、酸え腐れた心情のデカダンスと、そのすべてをこの四篇(三熊野詣、月澹荘綺譚、孔雀、朝の純愛)にこめた。四篇とも、いづれも過去と現在が先鋭に対立せしめられてをり、過去は輝き、現在は死灰に化してゐる」と述べ[2]、さらに、「しかし自分の哲学を裏切つて、妙な作品群が生れてしまふのも、作家といふ仕事のふしぎである。自作ながら、私はこれらの作品に、いひしれぬ不吉なものを感じる。ずいぶん自分のことを棚に上げた言ひ方であるが、私にかういふ作品群を書かせたのは、時代精神のどんな微妙な部分であるのか? ミーディアムはしばしば自分に憑いた神の顔を知らないのである」[2]と自作解説している。

さらにそれを書いた同時期に三島は、「私は『目』だけの人間になるのは、死んでもいやだ。それは化物になることだと思ふ」[3]と述べ、本作のテーマである「見つめる目」について触れている。

テレビドラマ化[編集]

おもな刊行本[編集]

脚注[編集]

  1. 1.0 1.1 渡辺広士「解説」(文庫版『岬にての物語』)(新潮文庫、1978年)
  2. 2.0 2.1 三島由紀夫「あとがき」(『三熊野詣』)(新潮社、1965年)
  3. 三島由紀夫「あとがき」(『目――ある芸術断想』)(集英社、1965年)

参考文献[編集]

関連項目[編集]

三島由紀夫
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