Jリーグ

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テンプレート:スポーツリーグ 日本プロサッカーリーグ(にほんプロサッカーリーグ、英訳:Japan Professional Football League)は、国際サッカー連盟(FIFA)に加盟している財団法人日本サッカー協会(JFA)が主催、社団法人日本プロサッカーリーグが主催・運営する日本プロサッカーリーグである。

略称はJリーグ(ジェイリーグ、英訳:J. League)。なお、別表記でJ. LEAGUEと表記される場合もある。理念と活動方針に「日本サッカーの水準向上及びサッカーの普及促進」と「豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与」、「国際社会における交流及び親善への貢献」を掲げている。

2010年度現在、日本国内の27都道府県に本拠地を置く37のプロサッカークラブが加盟しており、Jリーグディビジョン1(J1)に18クラブ、Jリーグディビジョン2(J2)に19クラブが所属している。

目次

設立経緯[編集]

Jリーグが誕生する前の日本におけるサッカー競技は全国リーグである「日本サッカーリーグ」(JSL)がすでに存在していたが、当時は日本国内における競技自体の人気や選手の待遇がまだまだ低く、マスコミにもあまり大きく扱われる程の存在では無かった事から、当時の日本サッカー協会内ではその様な状況を打破しようと、川淵三郎らが中心となって国立霞ヶ丘陸上競技場で開催する1989年2月26日のJSLの後期リーグ開幕戦を無料招待試合にするなどといった様々な試みを積極的に行っていたが、現状を変えるまでには至らなかった。

また、水面下では木之本興三らを中心とした第1次JSL活性化委員会が極秘裏に「スペシャルリーグ(サッカーのプロ化)構想」を進めていたが、協会内部では『JSLの活性化』では意見が一致していたものの、まだまだ『リーグのプロ化』に対しては「プロ化は時期尚早」や「プロ野球の球団ですら赤字経営なのに、サッカーではまともに採算が取れる訳がない」などと、親会社から出向してきた当時の1部リーグに所属する実業団チームの役員達を中心にJSLの評議委員会では強固な反対の声も多く、なかなか木之本らの計画は進展しなかった。

ところが、1980年代後半に「国際サッカー連盟」(FIFA)の第7代会長であったジョアン・アヴェランジェから当時のアジアとしても初開催となる「FIFAワールドカップ」の日本開催を日本サッカー協会へ打診されると、当時の第2次JSL活性化委員会が中心となって急激にプロリーグ構想が推進され、まもなく日本では初めてとなるプロサッカーリーグの「日本プロサッカーリーグ」(Jリーグ)発足が正式に決定し、1992年には前哨戦として「Jリーグヤマザキナビスコカップ」が開催された。

変遷[編集]

1990年代[編集]

1993年5月15日、国立霞ヶ丘陸上競技場で試合前にJリーグ発足セレモニーと国立霞ヶ丘陸上競技場で1試合、翌日に残りの4試合を三ツ沢公園球技場広島スタジアム茨城県立カシマサッカースタジアム万博記念競技場の各会場で計5試合を開催した。

詳細は 1993年Jリーグ開幕節 を参照

1994年、Jリーグの積極的な加盟クラブ増加の方針(Jリーグの拡大路線)などから、当時の準会員制度(現在のJリーグ準加盟制度)で準会員だったベルマーレ平塚ジュビロ磐田がJリーグに新規加盟し、その後も1998年までに8クラブがJリーグに新規加盟した。

1996年、Jリーグは「スポーツで、もっと、幸せな国へ。」という理念を掲げて「Jリーグ百年構想」を発表し、同時にJリーグのクラブ数も全国規模で100チームへと増やす構想も明かすが、この頃から平成不況の影響とブームの沈静化、各クラブの放漫経営などの原因で資金繰りに行き詰るJリーグクラブが急激に増えた。その為、これらの事を教訓にJリーグでは1999年3月に「チェアマン指針」を発表し、現在では全Jリーグのクラブ(Jリーグ準会員も含む)を対象にJリーグ経営諮問委員会による経営状態の監査や是正指導、更にはJリーグや各クラブの年度別経営収支[1]などの一般公開といった経営の透明化が進められた。また、この頃からJリーグや各クラブ単位での地域に根ざした活動が積極的に行われ始めた。

1997年、累積赤字で清水エスパルスの運営母体が経営破綻した。また、同年にはサンフレッチェ広島の運営母体も債務超過で深刻な経営危機に陥る。

1998年ベルマーレ平塚のメインスポンサーだったフジタが自社の経営危機を理由に同クラブのメインスポンサーから撤退した。また、横浜マリノス横浜フリューゲルスを吸収する形で合併する事が横浜フリューゲルスのメインスポンサーの一つである全日本空輸と横浜マリノスのメインスポンサーである日産自動車から発表される。なお、同年にはヴェルディ川崎のメインスポンサーであった読売新聞がJリーグとの運営方針の違いなどから同クラブのメインスポンサーから撤退した。

1999年、横浜マリノスが横浜フリューゲルスを吸収合併して横浜F・マリノスが誕生。反対運動や署名活動を行った横浜フリューゲルスのサポーターを中心とした人々も同年に横浜FCを設立し、2001年にはJリーグへ新規加盟。また、Jリーグがこれまでの1部制から「Jリーグディビジョン1」(J1)と「Jリーグディビジョン2」(J2)から構成される2部制へ移行した。

2000年代頃[編集]

2000年ヴァンフォーレ甲府の運営母体が債務超過に陥る。

2001年、ヴェルディ川崎がホームタウンを東京都に移転、同時に東京ヴェルディ1969へと名称変更した。

2003年ヴィッセル神戸の運営母体が債務超過により民事再生法を適用、同クラブの営業権を譲渡した。

2005年サガン鳥栖の運営母体が債務超過により同クラブの営業権を譲渡した。

2007年、Jリーグと各クラブが2010年までに年間の総観客動員数を1100万人にする事を目的に「Jリーグ『イレブンミリオン』プロジェクト」を立ち上げた。

2009年東京ヴェルディのメインスポンサーだった日本テレビが同クラブのメインスポンサーから撤退した。また、同年には大分トリニータが公式試合安定開催基金から6億円の融資を受けると共に、12億円の債務超過が発覚した。

2010年代頃[編集]

沿革[編集]

概要[編集]

組織[編集]

Jリーグは1993-1998年までは1部のみの「Jリーグ」として最大18チームで開催され、1999年からは「Jリーグ ディビジョン1(J1)」と「Jリーグ ディビジョン2(J2)」の2部制に移行した。

主催団体は財団法人日本サッカー協会社団法人日本プロサッカーリーグ。また、主管団体はJリーグに加盟する各クラブ。

運営・経営[編集]

Jリーグの運営主体は事務局に置かれ、全所属クラブの放映権商標権を一括管理する。年間年収は120億円を超え、日本における他のプロスポーツである日本プロ野球と比べて、事務局の規模・権限は大きい。

2009年度、事業活動収支が13年ぶりに赤字転落。投資活動も含めると赤字額は8億円に上り、繰越利益は6億円に減少した。[2]

開幕時期[編集]

1993-1998年のJリーグ、及び1999年以降のJ1には「2ステージ制」の時期と「1シーズン制」の時期があった。J2に関しては1999年から一貫して「1シーズン制」を採用している。

また、Jリーグはシーズンの開幕時期を1993-2008年現在まで、「春秋シーズン制」(3月頃-同年12月頃の約10か月間)を採用している。

2ステージ制(1993-1995年、1997-2004年)

1993年に誕生したJリーグは当初、1シーズンを「1stステージ」と「2ndステージ」に分けて行い、2ndステージの終了後に両ステージの優勝チームによるJリーグチャンピオンシップ(年間王者決定戦)を開催し、そのシーズンの年間優勝クラブ(年間王者)を決めていた。

  • 1993-1995年は各ステージを2回戦総当りで開催し、1stステージは「サントリーシリーズ」、2ndステージは「NICOSシリーズ」として開催されていた。なお、この期間に同一チームが完全優勝(両ステージ優勝)をした場合、各ステージの2位同士でプレーオフを開催し、その勝者と両ステージを制したチームがチャンピオンシップに出場できる方式を採用していたが、この間は完全優勝がなかった。
  • 1995年は、14チームで年間4回戦総当りを行うと1チーム52試合となり、選手の健康負担が増える可能性があることから一時は1シーズン制での3回戦総当り(1チーム39試合)にすることも検討されていたが、当時のリーグ戦ステージ・スポンサーを含むオフィシャルスポンサーとの契約上の問題(1995年度末まで契約)から断念し、結局4回戦総当りを維持。その代わり、この年はJリーグカップを開催しなかった。
  • 1997年以降は各ステージを1回戦総当りで開催し、同一のチームが完全優勝をした場合はJリーグチャンピオンシップを行わないことになった。
1シーズン制(1996年、2005年-)
  • 1996年はアトランタ五輪やアジアカップが開催された為に日程の都合で2回戦総当りの1シーズン制を採用したため、Jリーグチャンピオンシップは開催されなかった。その代わりとしてサントリーカップ・96チャンピオンズファイナル と題する大会が、リーグ戦とJリーグカップの各上位2チームの参加で開催された。
  • 2005年シーズン以降からは本格的に2回戦総当りの1シーズン制へと移行した。これにより、チャンピオンシップは2004年をもって廃止された。

開催日[編集]

現在、日程上の理由で水曜日でも開催される場合もあるが、基本的にJ1・J2の試合は毎週土曜日日曜日の2日間に分けて開催している。 2009年は、同じ週の土曜日・日曜日の両日にJ1・J2ともに開催される場合、J1・J2全18試合を土曜日9試合、日曜日9試合に分けて開催され、それぞれ5~7試合を土曜日はJ1の試合、日曜日はJ2の試合を多く開催する形がとられた。

土曜日と日曜日に開催される試合は基本的にデーゲームであるが、試合の開催時期やテレビ中継に配慮する形でナイトゲームでも行われる事がある。また、祝祭日以外の平日に開催される試合は全てナイトゲームで開催されている(ただし、Jリーグの発足直後は水曜日の開催でもデーゲームで行う事があった[3])。

なお、最終節は順位決定の有利・不利を解消する為に全試合の開催日と試合開始時間を統一しているが、2004年以降は終盤戦にあたる数節も同様な形を取っている。

2008年以降、日本代表の試合のある日は原則として、Jリーグカップ及びJ2の試合は組まない(この間、J1は日本代表に選出されている選手の強化期間としているため、リーグ戦の試合は組まれない)。また、試合予定が未定の分で、日本代表の試合が予定されている場合は土曜、日曜両方で開催できるように対応している。

J1
  • 1部制だった時代(1993-1998年)も含めて、1993-2000年までは基本的に土曜日に開催されていた。ただし、1993-1995年の2ステージ制だった時代は試合数の問題から平日(主に水曜日)にも開催されていた。
  • 2001年以降はスポーツ振興くじ(toto)の導入に伴い、J2と共に土曜日を中心する開催になった。
  • 2002年、テレビ中継などの日程調整も考慮し、原則として1節のうち2試合を土曜日と日曜日を中心に開催する分散型が採用された。
J2
  • 1999-2000年の2年間は基本的に日曜日に開催するのが中心だったが、1ヶ月に1-2回程度は木曜日にも開催されていた。
  • 2001年以降はtotoの導入に伴い、J1と共に土曜日を中心とする開催になった(一部は日曜日に開催)。

その他、同一都道府県・市区町村を本拠地とするクラブが複数ある場合は、極力同じ節にホームゲームを開催しないように日程を調整している(2010年の場合はJ1のさいたま市神奈川県静岡県大阪府、J2の福岡県が該当)。ただし、初期の頃は横浜市の2チームが同じ日にホームゲームをしたことがあった。2010年にも大阪の2チームが同じ節にホームゲームをする場合があるが、このときでもやむをえない場合を除き原則として、どちらかが土曜日、もう一方は日曜日の開催とするように配慮されている。

AFCチャンピオンズリーグに参加するクラブについては、週の中間(火曜・水曜)に試合をすることを考慮して、週末の試合を日曜日に組んだり、アウェーゲームを国外で行う場合を配慮して別の週の水曜に開催する例もある。

2010年の場合、
J1の4節(3月27日3月28日)広島対名古屋は広島が3月24日3月30日にACL第3・4戦のアデレード・ユナイテッドとの試合を行う(前者・アウェー、後者・ホーム)都合上4月21日に延期された。
またJ1の11節(5月8日5月9日)の鹿島、川崎、G大阪、広島に絡む4試合は、ACLの決勝トーナメント1回戦(ラウンド16ステージ)が5月11日5月12日に行われる都合、及び2010 FIFAワールドカップサッカー選手権・南アフリカ共和国大会のサッカー日本代表強化期間の関係もあるため、7月14日に延期されている。

クラブチーム[編集]

加盟制度[編集]

詳細は Jリーグ準加盟制度 を参照

Jリーグ加盟クラブ一覧[編集]

スタジアム名の後ろに*印が付いているものは2010年の開催実績無し
クラブ名 活動区域/ホームタウン
(ホームスタジアム)
加盟年度
北海道 コンサドーレ札幌
Consadole Sapporo
北海道札幌市
札幌ドーム札幌厚別公園競技場
1998
東北 ベガルタ仙台
Vegalta Sendai
宮城県仙台市
ユアテックスタジアム仙台
1999
モンテディオ山形
Montedio Yamagata
山形県山形市天童市鶴岡市を中心とする全県
NDソフトスタジアム山形
1999
関東 鹿島アントラーズ
Kashima Antlers
茨城県鹿嶋市潮来市神栖市鉾田市行方市
茨城県立カシマサッカースタジアム
1993
水戸ホーリーホック
Mito Hollyhock
茨城県/水戸市
ケーズデンキスタジアム水戸笠松運動公園陸上競技場
2000
栃木サッカークラブ
Tochigi S.C.
栃木県宇都宮市
栃木県グリーンスタジアム
2009
ザスパ草津
Thespa Kusatsu
群馬県草津町前橋市を中心とする全県
正田醤油スタジアム群馬
2005
浦和レッドダイヤモンズ
Urawa Red Diamonds
埼玉県さいたま市
埼玉スタジアム2002さいたま市駒場スタジアム
1993
大宮アルディージャ
Omiya Ardija
埼玉県/さいたま市
NACK5スタジアム大宮
1999
ジェフユナイテッド市原・千葉
Jef United Ichihara Chiba
千葉県千葉市市原市
フクダ電子アリーナ市原臨海競技場*)
1993
柏レイソル
Kashiwa Reysol
千葉県/柏市
日立柏サッカー場柏の葉公園総合競技場*)
1995
FC東京
F.C. Tokyo
東京都/東京都
味の素スタジアム
1999
東京ヴェルディ1969
Tokyo Verdy 1969
東京都/東京都
(味の素スタジアム)
1993
川崎フロンターレ
Kawasaki Frontare
神奈川県川崎市
等々力陸上競技場
1999
横浜F・マリノス
Yokohama F. Marinos
神奈川県/横浜市横須賀市
日産スタジアムニッパツ三ツ沢球技場
1993
横浜FC
Yokohama F.C.
神奈川県/横浜市
(ニッパツ三ツ沢球技場)
2001
湘南ベルマーレ
Shonan Bellmare
神奈川県/厚木市伊勢原市小田原市茅ヶ崎市秦野市
平塚市藤沢市大磯町寒川町二宮町
平塚競技場
1994
ヴァンフォーレ甲府
Ventforet Kofu
山梨県甲府市を中心とする全県
山梨県小瀬スポーツ公園陸上競技場
1999
北信越 アルビレックス新潟
Albirex Niigata
新潟県新潟市聖籠町
東北電力ビッグスワンスタジアム新潟市陸上競技場*)
1999
カターレ富山
Kataller Toyama
富山県富山市を中心とする全県
富山県総合運動公園陸上競技場
2009
東海 清水エスパルス
Shimizu S-Pulse
静岡県静岡市
アウトソーシングスタジアム日本平
1993
ジュビロ磐田
Júbilo Iwata
静岡県/磐田市
ヤマハスタジアム
1994
名古屋グランパスエイト
Nagoya Grampus Eight
愛知県名古屋市
名古屋市瑞穂公園陸上競技場豊田スタジアム
1993
FC岐阜
F.C. Gifu
岐阜県岐阜市を中心とする全県
長良川陸上競技場
2008
関西 京都サンガF.C.
Kyoto Sanga F.C.
京都府京都市
京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場
1996
ガンバ大阪
Gamba Osaka
大阪府吹田市
万博記念競技場
1993
セレッソ大阪
Cerezo Osaka
大阪府/大阪市
大阪長居スタジアム長居球技場
1995
ヴィッセル神戸
Vissel Kobe
兵庫県神戸市
ホームズスタジアム神戸
1997
中国 ファジアーノ岡山FC
Fagiano Okayama F.C.
岡山県岡山市倉敷市津山市を中心とする全県
kankoスタジアム
2009
サンフレッチェ広島
Sanfrecce Hiroshima
広島県広島市
広島ビッグアーチ
1993
四国 徳島ヴォルティス
Tokushima Vortis
徳島県徳島市鳴門市美馬市松茂町板野町
藍住町北島町を中心とする全県
鳴門・大塚スポーツパークポカリスエットスタジアム
2005
愛媛FC
Ehime F.C.
愛媛県松山市を中心とする全県
ニンジニアスタジアム
2006
九州 ギラヴァンツ北九州
Giravanz Kitakyushu
福岡県北九州市
北九州市立本城陸上競技場
2010
アビスパ福岡
Avispa Fukuoka
福岡県/福岡市
レベルファイブスタジアム
1996
サガン鳥栖
Sagan Tosu
佐賀県鳥栖市
ベストアメニティスタジアム
1999
ロアッソ熊本
Roasso Kumamoto
熊本県熊本市
熊本県民総合運動公園陸上競技場 KK WING熊本市水前寺競技場
2008
大分トリニータ
Oita Trinita
大分県大分市別府市佐伯市を中心とする全県
大分銀行ドーム
1999

過去のJリーグ加盟クラブ一覧[編集]

クラブ名 活動区域/ホームタウン
(ホームスタジアム)
加盟期間
横浜フリューゲルス
Yokohama Flügers
神奈川県横浜市
横浜国際総合競技場三ツ沢公園球技場
1993-98

準ホームスタジアム一覧[編集]

  • スタジアム名の後ろに*印が付いているものは2010年度の開催実績なし。
  • 横浜Fは「特別活動地域」という位置づけ。
クラブ名 所在地 準ホームスタジアム
コンサドーレ札幌 北海道 室蘭市入江運動公園陸上競技場
北海道 函館市千代台公園陸上競技場
ベガルタ仙台 宮城県 宮城スタジアム
水戸ホーリーホック 茨城県 ひたちなか市総合運動公園陸上競技場
栃木サッカークラブ 栃木県 足利市総合運動公園陸上競技場
大宮アルディージャ 埼玉県 埼玉スタジアム2002
埼玉県 熊谷スポーツ文化公園陸上競技場
FC東京 東京都 国立霞ヶ丘陸上競技場
東京都 駒沢オリンピック公園陸上競技場
東京ヴェルディ1969 東京都 国立霞ヶ丘陸上競技場
東京都 国立西が丘サッカー場
横浜FC 神奈川県 横浜国際総合競技場
清水エスパルス 静岡県 静岡スタジアムエコパ
静岡県 静岡県草薙総合運動場陸上競技場 *
ジュビロ磐田 静岡県 静岡スタジアムエコパ
名古屋グランパスエイト 愛知県 名古屋市瑞穂公園ラグビー場 *
セレッソ大阪 大阪府 大阪市長居第2陸上競技場 *
ヴィッセル神戸 兵庫県 神戸総合運動公園ユニバー記念競技場
ファジアーノ岡山FC 岡山県 岡山県津山陸上競技場
サンフレッチェ広島 広島県 県営広島スタジアム*
サガン鳥栖 佐賀県 佐賀県総合運動場陸上競技場
大分トリニータ 大分県 大分市営陸上競技場*
横浜フリューゲルス[4] 長崎県 長崎県立総合運動公園陸上競技場
熊本県 熊本市水前寺競技場
鹿児島県 鹿児島県立鴨池運動公園陸上競技場

Jリーグ ディビジョン1 (J1)[編集]

Jリーグ ディビジョン1(英訳:J. League Division 1、J. LEAGUE DIVISION 1)は、Jリーグの2部制導入に伴い、それまで1部制だったJリーグを元に1999年に創設されたJリーグの1部リーグである。略称はJ1。なお、Jリーグ ディビジョン1には社団法人日本プロサッカーリーグのJ1会員が保有する第1種チームのみが所属する事ができる。

試合方式[編集]

  • 18チームによる2回戦総当りのホーム&アウェイ方式による1シーズン(通年制 34試合)の成績で順位を決定する。
  • 勝ち点は勝ち3点、引き分けは双方に1点、負け0点。最終的に勝ち点の多いチームが優勝。同点の場合、得失点差→総得点→直接対決成績→反則ポイント→抽選で決める。ただし、優勝決定の場合、抽選を行わずに両チームを優勝者とする。
  • 原則として、下位3チーム(16-18位)が自動的に降格し、翌年はJ2所属となる(詳細は入れ替え制度の項目を参照)。

試合方式の変遷[編集]

  • 詳細な試合方式については各シーズンの項目を参照の事。
  • 1993-1998年までは1部制のJリーグ。
年度 試合方式 備考
1993-1995 4回戦総当り、Vゴール方式 1993年:勝利数による順位決定
1995年:勝ち点制の導入
勝ち(内容不問)3点・PK負け1点
1996-2002 2回戦総当り、Vゴール方式 1996年:マルチボールシステムの導入
1997年:勝ち点制の改正
勝ち(90分3点/Vゴール2点/PK1点)・負け0点
1999年:PK戦の廃止
2003- 2回戦総当り、引き分け 2003年:Vゴール方式の廃止
2005年:Jリーグチャンピオンシップの廃止
2008年:反則ポイントの追加

J1所属クラブ一覧[編集]

  • 太字は今季のJ1昇格。
  • J1在籍年数は最後にJ1へ昇格してから。
  • 通算在籍年数はJ1に在籍した通期。
クラブ名 J1在籍年数 通算在籍年数
ベガルタ仙台 1 3
モンテディオ山形 2 2
鹿島アントラーズ 18 18
浦和レッズ 10 17
大宮アルディージャ 6 6
FC東京 11 11
川崎フロンターレ 6 7
横浜F・マリノス 18 18
湘南ベルマーレ 1 7
アルビレックス新潟 7 7
清水エスパルス 18 18
ジュビロ磐田 17 17
名古屋グランパス 18 18
京都サンガF.C. 3 11
ガンバ大阪 18 18
セレッソ大阪 1 12
ヴィッセル神戸 4 13
サンフレッチェ広島 2 16

リーグ戦通算成績[編集]

クラブ名 得点 失点 優勝
ベガルタ仙台 19 12 38 82 127 0
モンテディオ山形 13 11 19 41 52 0
鹿島アントラーズ 344 60 183 1054 716 7
浦和レッドダイヤモンズ 268 61 228 875 770 1
大宮アルディージャ 56 42 81 191 250 0
FC東京 136 65 128 475 463 0
川崎フロンターレ 99 42 68 376 301 0
横浜F・マリノス 299 78 210 948 739 3
湘南ベルマーレ 96 3 132 363 445 0
アルビレックス新潟 73 53 83 269 320 0
清水エスパルス 300 67 220 898 794 0
ジュビロ磐田 304 56 191 1012 743 3
名古屋グランパス 279 69 239 930 853 0
京都サンガF.C. 102 36 189 378 596 0
ガンバ大阪 267 61 259 1021 932 1
セレッソ大阪 152 38 185 583 679 0
ヴィッセル神戸 118 68 205 498 689 0
サンフレッチェ広島 217 58 248 749 799 0
コンサドーレ札幌 31 12 85 166 258 0
ジェフユナイテッド千葉 227 70 281 874 980 0
柏レイソル 198 67 199 701 704 0
東京ヴェルディ 226 43 207 767 713 2
横浜FC 4 4 26 19 66 0
横浜フリューゲルス 117 0 111 375 373 0
ヴァンフォーレ甲府 19 12 37 75 129 0
アビスパ福岡 61 17 142 253 426 0
大分トリニータ 74 51 105 254 310 0
  • 2010年第9節終了時点
  • J1の成績のみ

年間優勝[編集]

年間優勝(年間王者)はJ1で年間の最終順位が1位(優勝)だったクラブのみに与えられる。また、J1で優勝したクラブには特典として翌年開催されるAFCチャンピオンズリーグJリーグスーパーカップへの出場権が与えられている。なお、AFCチャンピオンズリーグにはJ1で年間の最終順位が2位と3位のクラブにも出場権が与えられている。

  • 1993-2000年までの年間優勝には、AFCチャンピオンズリーグの前身であるAFCアジアクラブ選手権の出場権が与えられていた。ただ、Jリーグが発足する前年の1992年は、Jリーグカップの優勝クラブ(ヴェルディ川崎)が国内リーグの優勝クラブ扱いでこの大会に出場した。

歴代年間優勝クラブ[編集]

年度 年間優勝 1stステージ 2ndステージ
1993 ヴェルディ川崎 鹿島アントラーズ ヴェルディ川崎
1994 ヴェルディ川崎 サンフレッチェ広島 ヴェルディ川崎
1995 横浜マリノス 横浜マリノス ヴェルディ川崎
1996 鹿島アントラーズ (1シーズン制)
1997 ジュビロ磐田 鹿島アントラーズ ジュビロ磐田
1998 鹿島アントラーズ ジュビロ磐田 鹿島アントラーズ
1999 ジュビロ磐田 ジュビロ磐田 清水エスパルス
2000 鹿島アントラーズ 横浜F・マリノス 鹿島アントラーズ
2001 鹿島アントラーズ ジュビロ磐田 鹿島アントラーズ
2002 ジュビロ磐田 ジュビロ磐田 ジュビロ磐田
2003 横浜F・マリノス 横浜F・マリノス 横浜F・マリノス
2004 横浜F・マリノス 横浜F・マリノス 浦和レッドダイヤモンズ
2005 ガンバ大阪 (1シーズン制)
2006 浦和レッドダイヤモンズ
2007 鹿島アントラーズ
2008 鹿島アントラーズ
2009 鹿島アントラーズ
  • 1993-1995年まではヴェルディ川崎を中心に、ステージ・年間優勝が争われた。
  • 1996-2002年まではジュビロ磐田と鹿島アントラーズを中心に、ステージ・年間優勝が争われた。
  • 2ステージ制で完全優勝(同一年での両ステージ優勝)を達成したのは、2002年のジュビロ磐田と翌2003年の横浜F・マリノスだけである。
  • 西日本に本拠地を置くチームで年間優勝したのは、2005年のガンバ大阪が最初であり、(2008年終了時点で)唯一である(ステージ別では、サンフレッチェ広島が1994年・1stステージで優勝している)。
  • J2降格の経験を持つチームが年間優勝したのは、2006年の浦和レッドダイヤモンズが初めてであり、(2008年終了時点で)唯一である。
  • 1993年の開幕時にリーグに所属していたチーム(オリジナル10)以外で年間王者、ステージ優勝を経験しているのはジュビロ磐田のみである。
  • 連覇を達成したことがあるチームはヴェルディ川崎、鹿島アントラーズ、横浜F・マリノスである。さらに鹿島アントラーズは現在唯一3連覇を達成したチームでもある。

年間優勝回数[編集]

クラブ名 回数 優勝年度
鹿島 7 1996, 1998, 2000, 2001, 2007, 2008, 2009
磐田 3 1997, 1999, 2002
横浜FM 3 1995, 2003, 2004
東京V 2 1993, 1994
G大阪 1 2005
浦和 1 2006

Jリーグ ディビジョン2 (J2)[編集]

Jリーグ ディビジョン2(英訳:J. League Division 2、J. LEAGUE DIVISION 2)は、Jリーグの2部制導入に伴い、1999年に創設されたJリーグの2部リーグである。略称はJ2。なお、Jリーグ ディビジョン2には社団法人日本プロサッカーリーグのJ2会員が保有する第1種チームのみが所属する事ができる。

試合方式[編集]

  • 19チームによる2回戦総当りの1シーズン(通年制/各チーム36試合)の成績で順位を決定する。
  • 勝ち点は勝ち3点、引き分けは双方に1点、負け0点。最終的に勝ち点の多いチームが優勝。同点の場合、得失点差→総得点→直接対決成績→反則ポイント→決定戦で決める。なお、決定戦は主催者が特に必要とした場合に実施する。行わない場合は抽選で順位を決める。
  • 原則として、上位3チームが自動的に昇格し、翌年はJ1所属となる。(詳細は入れ替え制度の項目を参照。)

試合方式の変遷[編集]

  • 詳細な試合方式については各シーズンの項目を参照の事。
年度 試合方式 備考
1999-2001 4回戦総当り、Vゴール方式
2002-2007 4回戦総当り、引き分け 2002年:Vゴール方式の廃止
2008-2009 3回戦総当り、引き分け 2008年:反則ポイントの追加
2010- 2回戦総当り、引き分け

「J2リーグの将来像」の決定[編集]

2008年7月、Jリーグは「J2リーグの将来像」として、以下の3項目を理事会で承認した。

  • J2の参加クラブ数は最大22とする。
    • J2参加クラブ数が19に達したシーズン以降、日本フットボールリーグ(JFL)から入会できるクラブ数は22から逆算して定められる。但し、この場合も「JFL4位以内」など、一定の成績条件が設けられる。(2010年度より適用)
  • J2の参加クラブ数が22に達したシーズン以降はJ2とJFLと入れ替え制度を導入。
    • JFLから最大3クラブがJ2に昇格(Jリーグ入会)し、J2から同数のクラブがJFLに降格(Jリーグ退会)。入れ替え戦等は実施しない。
    • JFL所属クラブは、Jリーグが別に定める入会条件を満たさなければ、順位に関わらず昇格(Jリーグ入会)できない。
    • J2からJFLへ降格したクラブは、Jリーグ会員資格喪失。
  • J2の参加クラブ数が18に達したシーズン以降はJ1・J2入れ替え戦を廃止し、リーグ戦成績をもって昇降格要件とする(自動昇格・降格のみ採用)。(2009年度より適用)
    • J2から最大3クラブがJ1に昇格し、J1から同数のクラブがJ2に降格。
    • J2所属クラブは、リーグが別に定めるJ1昇格基準を満たなければ、順位に関わらず昇格できない。

J2所属クラブ一覧[編集]

  • 太字は今季のJ2降格。
  • J2在籍年数は最後にJ2へ昇格・降格してから。
  • 通算在籍年数はJ2に在籍した通期。
  • ※印は今季のJ2昇格。
クラブ名 J2在籍年数 通算在籍年数
コンサドーレ札幌 2 9
水戸ホーリーホック 11 11
栃木SC 2 2
ザスパ草津 6 6
ジェフユナイテッド千葉 1 1
柏レイソル 1 2
東京ヴェルディ 2 4
横浜FC 3 9
ヴァンフォーレ甲府 3 10
カターレ富山 2 2
FC岐阜 3 3
ファジアーノ岡山 2 2
徳島ヴォルティス 6 6
愛媛FC 5 5
ギラヴァンツ北九州 1 1
アビスパ福岡 4 8
サガン鳥栖 12 12
ロアッソ熊本 3 3
大分トリニータ 1 5

昇格・降格[編集]

入れ替え制度[編集]

1999年の2部制導入からJ1とJ2の間の入れ替えは年間の成績をもって決定されている。なお、2009年からは以下の条件で昇格・降格が決定する。

  • J1の下位3チーム(16-18位)が自動的にJ2降格、J2の上位3チームが自動的にJ1昇格する事となる。ただし、Jリーグによる審査でJ1昇格の権利を得たJ2クラブがJ1の規格に満たしていなければJ1昇格が取り消され、J1の16位からJ2降格も取り消される。なお、J1・J2の2部制へ移行した1999年から現在までにJ1昇格・J2降格が取り消された事は無い。
  • 公式試合安定開催基金から融資を受けているクラブが返済期日まで完済出来ない場合、次シーズンはJ2所属となる。すなわち、J1に所属するクラブにおいてはJ1残留出来る順位であってもJ2降格となり、J2に所属するクラブにおいてはJ1昇格出来る順位であっても昇格は見送られる。

過去の昇格・降格規定は以下のとおり。

  • J2降格:1999-2003年までは下位2チーム(15・16位)が自動的に降格。2004年は翌2005年からJ1リーグ参加チーム数を増やす関係で自動降格はなく、最下位(16位)チームがJ2・3位チームとのJ1・J2入れ替え戦に回っていた。そして、2005-2008年までは下位2チーム(17・18位)の自動降格に加え、16位チームがJ2・3位チームとのJ1・J2入れ替え戦に回った。
  • J1昇格:1999-2003年までは上位2チームが自動的に昇格。2004-2008年までは上位2チームの自動昇格に加え、3位チームがJ1・16位チームとのJ1・J2入れ替え戦に回った。

歴代昇格・降格クラブ[編集]

過去に昇格・降格したクラブ、過去の昇格・降格条件、J1・J2所属クラブ数の推移。

年度 クラブ J1昇格クラブ 昇格条件
1993 10 平塚、磐田 Jリーグ準会員クラブで
且つ、旧JFL2位以上
1994 12 C大阪、柏
1995 14 福岡、京都
1996 16 神戸
1997 17 札幌 J2降格クラブ 降格条件
1998 18 1999年よりJ2導入 札幌 J1参入決定戦 J2昇格クラブ 昇格条件
1999 16/10 川崎、FC東京 1位・2位が自動昇格 浦和、平塚 15位・16位が自動降格 水戸 JFL原則2位以内
2000 16/11 札幌(2)、浦和 京都、川崎 横浜FC
2001 16/12 京都(2)、仙台 福岡、C大阪
2002 大分、C大阪(2) 広島、札幌(2)
2003 新潟、広島 仙台、京都(2)
2004 川崎(2)、大宮 1位・2位が自動昇格
3位が入れ替え戦
16位が入れ替え戦 徳島、草津
2005 18/12 京都(3)、福岡(2)、甲府 柏、東京V、神戸 17位・18位が自動降格
16位が入れ替え戦
愛媛
2006 18/13 横浜FC、柏(2)、神戸(2) 福岡(2)、C大阪(2)、京都(3) Jリーグ準加盟クラブで
且つ、JFL原則2位以内
2007 札幌(3)、東京V、京都(4) 広島(2)、甲府、横浜FC 熊本、岐阜 Jリーグ準加盟クラブで
且つ、JFL4位以内
2008 18/15 広島(2)、山形 東京V(2)、札幌(3) 栃木、富山、岡山
2009 18/18 仙台(2)、C大阪(3)、湘南(2) 1位~3位が自動昇格 柏(2)、千葉、大分 16位~18位が自動降格 北九州
2010 18/19 未定 未定 未定 JFL4位以内
且つ、Jリーグ準加盟クラブ上位3クラブ
  • ( )内は昇降格の回数。
  • 1993~1998年までは1部制。

通算成績[編集]

タイトル獲得クラブ一覧[編集]

  • Jリーグ発足以降に国内外の主なタイトルを獲得したクラブのみ掲載。
  • J2リーグ優勝は除く。
  • 詳細な情報については各チーム・大会の項目を参照の事。
クラブ名 国内タイトル 国際タイトル 合計
鹿島アントラーズ 18 1 19
浦和レッドダイヤモンズ 5 1 6
ジェフユナイテッド市原・千葉 2 0 2
柏レイソル 1 0 1
FC東京 2 0 2
東京ヴェルディ1969 10 1 11
横浜F・マリノス 5 1 6
湘南ベルマーレ 1 1 2
清水エスパルス 4 1 5
ジュビロ磐田 8 2 10
名古屋グランパスエイト 4 1 5
京都サンガF.C. 1 0 1
ガンバ大阪 5 2 7
サンフレッチェ広島 1 0 1
大分トリニータ 1 0 1
横浜フリューゲルス 2 2 4
国内タイトル
国際タイトル

記録[編集]

表彰制度[編集]

シーズン中において、以下の表彰に該当する成績を収めたチームや個人にはシーズンの全日程終了後に開催されるJリーグアウォーズ内にて表彰される。

賞金・賞品[編集]

順位 賞金 賞品
J1 1位 2億円 優勝杯(銀皿)、日本サッカー協会キャプテン杯、優勝旗
2位 1億円 準優勝杯(銀皿)
3位 8000万円 -
4位 6000万円 -
5位 4000万円 -
6位 2000万円 -
7位 1000万円 -
Jリーグチャンピオンシップ
(1993-2004年)
1位 2000万円 優勝杯(銀皿)、日本サッカー協会キャプテン杯、優勝旗
2位 1000万円 準優勝杯(銀皿)
J2 1位 2000万円 Jリーグ杯
2位 1000万円 Jリーグ杯

個人賞[編集]

  • 最優秀選手賞
  • ベスト11
  • J1・J2得点王
  • 最優秀新人賞(新人王)
  • 高円宮杯フェアプレー賞(チーム賞)
  • フェアプレー個人賞
  • 最優秀監督賞
  • 優勝チーム監督賞
  • 優秀主審賞
  • 優秀副審賞

特別賞[編集]

  • Join賞

試合観客動員[編集]

1993年のJリーグ発足以降、試合数や加盟クラブ数が変化している為に一概には言えないが、一時期を除くとJリーグの試合観客動員数は年々純増している。ただ、その年齢構成分布はJリーグが毎年公表している「スタジアム観戦調査報告書」によれば大部分が団塊ジュニア周辺の年齢層区分で占められ、20代以下の若年周辺の年齢層区分が最も少ない[5](ただし、11才未満の子供は調査対象外である)。 また、「スタジアム観戦者調査報告書」の観戦頻度によると、J1・J2共に高いリピーター率を示している。

なお、世界各国のサッカーリーグで平均観客動員数が最も多いのはブンデスリーガの38,975人であるのに対し、J1リーグの19,278人は第6位に位置している[6]

試合観客動員数[編集]

  • 掲載順は1試合あたりの平均観客数による。
  • ホームスタジアムの略称[7]、所属リーグ、観客数[8][9]2009年(和暦??年)月日度のもの(ホームゲーム数:J1が17試合、J2が25か26試合)。ホームスタジアムは開催数が最も多いものか、開催数同数では座席数最大のものとし、その座席数を記載。
  • 招待券比率[10]、入場料収入[11]2008年(和暦??年)月日度のもの(ホームゲーム数:J1が17試合、J2が21試合)。
クラブ
所属
ホーム略称
所在
座席数
(席)
平均観客数
(人)
総観客数
(人)
招待券比率
%
入場料収入
(億
画像
1 浦和
J1
埼玉
さいたま市
63,700 44,210 751,565 0.3 28.66
2 新潟
J1
東北電ス
新潟市
42,300 33,446 568,582 31.3 8.31
3 FC東京
J1
味スタ
調布市
49,970 25,884 440,032 14.9 7.65
4 横浜FM
J1
日産ス
横浜市
72,327 22,057 374,975 13.4 8.59
5 鹿島
J1
カシマ
鹿嶋市
40,728 21,617 367,486 14.4 6.75
6 川崎
J1
等々力
川崎市
25,000 18,847 320,394 8.5 4.84
7 大分
J1
九石ド
大分市
40,000 18,428 313,281 7.5 5.49
8 清水
J1
アウスタ
静岡市
20,399 17,935 304,900 16.0 6.34
9 G大阪
J1
万博
吹田市
21,000 17,712 301,105 17.3 5.98
10 大宮
J1
NACK
さいたま市
15,500 16,247[12] 276,202 6.1 3.24
11 名古屋
J1
瑞穂陸
名古屋市
20,000 15,928 270,773 17.6 7.67
12 広島
J1
広島ビ
広島市
50,000 15,723 267,299 21.5 4.28
13 千葉
J1
フクアリ
千葉市
19,781 14,730 250,413 3.5 5.95
14 磐田
J1
ヤマハ
磐田市
16,893 13,523 229,891 22.2 5.82
15 神戸
J1
ホムスタ
神戸市
34,000 13,068 222,153 12.6 3.92
16 仙台
J2
ユアスタ
仙台市
19,694 12,951 336,719 5.2 5.68
17 山形
J1
NDスタ
天童市
20,315 12,056 204,953 25.1 1.28
18
J1

柏市
15,900 11,738 199,552 2.7 4.60
19 京都
J1
西京極
京都市
20,588 11,126 189,149 32.3 4.50
20 甲府
J2
小瀬
甲府市
17,000 11,059 276,463 13.7 2.76
21 札幌
J2
札幌厚別
札幌市
20,005 10,207 265,376 9.5 5.20
22 C大阪
J2
長居
大阪市
50,000 9,912 247,796 12.5 2.16
23 福岡
J2
レベスタ
福岡市
22,563 7,763 194,071 16.0 2.45
24 湘南
J2
平塚
平塚市
18,500 7,273 189,088 14.2 1.42
25 岡山
J2
岡山
岡山市
20,000 6,162 154,039
26 熊本
J2
熊本
熊本市
32,000 6,006 150,150 15.3 0.72
27 鳥栖
J2
ベアスタ
鳥栖市
24,490 5,939 154,408 9.3 1.70
28 東京V
J2
味スタ
調布市
49,970 5,521 143,539 15.7 3.71
29 栃木
J2
栃木グ
宇都宮市
18,025 4,706 117,643
30 草津
J2
正田スタ
前橋市
10,050 4,330 112,584 19.2 0.81
31 岐阜
J2
長良川
岐阜市
31,000 4,302 107,557 21.4 0.80
32 徳島
J2
鳴門大塚
鳴門市
21,228 4,073 105,897 43.5 0.22
33 富山
J2
富山
富山市
28,494 3,740 93,507
34 愛媛
J2
ニンスタ
松山市
20,000 3,694 96,054 31.5 0.56
35 横浜FC
J2
ニッパ球
横浜市
15,046 3,535 91,898 4.0 1.58
36 水戸
J2
笠松
那珂市
22,022 2,673 66,818 12.7 0.44

資料[編集]

  • Jリーグの歴代観客動員数について、総計は一部を除くJリーグが1年間に主催したリーグ戦・カップ戦・ポストシーズン・オールスターゲームの総入場者数。また、2008年からはJリーグのクラブが日本国内で開催したACLのホームゲームも含む。
歴代試合観客動員数一覧[13]
年度 J1 J2 合計 総計
1992 - - - 533,345
1993 - - 3,235,750 4,118,837
1994 - - 5,173,817 5,619,653
1995 - - 6,159,691 6,439,522
1996 - - 3,204,807 4,745,930
1997 - - 2,755,698 3,464,906
1998 - - 3,666,496 4,277,065
1999 2,798,005 827,217 3,625,222 4,153,704
2000 2,655,553 1,340,820 3,996,373 4,456,135
2001 3,971,415 1,505,722 5,477,137 5,946,972
2002 3,928,215 1,806,392 5,734,607 6,353,970
2003 4,164,229 2,084,185 6,248,414 6,797,035
2004 4,551,695 1,904,172 6,455,867 7,405,048
2005 5,742,233 1,975,340 7,717,573 8,539,178
2006 5,597,408 1,998,688 7,596,056 8,363,963
2007 5,838,771 2,034,543 7,873,314 8,883,068
2008 5,899,063 2,227,570 8,126,633 9,130,030
2009 5,852,705 2,903,607 8,756,312 9,623,584
歴代年齢構成分布一覧[14]
年度 18歳
以下
19~
22歳
23~
29歳
30~
39歳
40~
49歳
50歳
以上
2000 12.6 11.2 26.0 27.5 14.3 8.2
2001 12.0 11.4 26.2 28.9 13.2 8.3
2002 10.8 13.0 26.7 26.9 13.7 8.8
2003 10.9 9.0 20.8 32.1 17.8 9.4
2004 8.0 7.3 19.2 34.1 19.9 11.5
2005 8.0 6.7 17.5 33.9 21.2 12.8
2006 7.4 7.1 16.3 33.7 21.8 13.7
2007 6.3 7.1 15.9 33.0 23.6 14.2
2008 5.9 6.8 14.3 31.3 25.5 16.2
2009 6.8 6.8 14.8 29.8 24.9 16.9

Jリーグ「イレブンミリオン」プロジェクト[編集]

2007年、Jリーグと各クラブは「2010年には年間の総観客動員数を1100万人にする。」事を目的としたプロモーション活動等を展開する『Jリーグ「イレブンミリオン」プロジェクト』を立ち上げた。

また、このプロジェクトをより多くの人々に知ってもらうために、イレブンミリオンの公式マークのデザインをプロ・アマを問わずに一般公募(2007年10月6-11月30日)という形で募集した。なお、522通の応募総数から5名の優秀作品を選んで記念品を贈呈、更には公式マークとして採用された1名を2008年2月29日に行われたキックオフカンファレンスに招待し、オリジナルの銀皿(シャーレ)を贈呈した。

ワンタッチパス[編集]

2009年から、Jリーグは「イレブンミリオン」プロジェクトの一環として、スタジアム来場者のサービス向上を目的に世界初となる非接触ICカードを内蔵した会員カード(全観戦履歴の自動記録・データベース化)をJリーグに加盟している一部のクラブを対象に発行した。なお、2011年までに全クラブが導入予定である。

この事により、Jリーグでは各スタジアム来場者を対象に試合・イベントの告知、公式グッズの購入、イベント・ボランティア活動参加などに対するポイント発行とポイント特典の贈呈などといったサービスも行うとしている。また、将来的には電子マネー決済の機能も搭載させる予定[15]

ユニフォ-ム[編集]

1993-1996年までは「ミズノ」が全チームのユニフォーム・サプライヤー(供給メーカー)を一括して受け持っていた。ただ、その契約はリーグ戦のみの契約だったので、天皇杯やJリーグカップなどのカップ戦では各チームが個別にユニフォームメーカー等と契約して、カップ戦用のユニフォームを着用していた。しかし、1997年にはこれまでの「ミズノ」に加えて、「アンブロ」・「アディダス」・「プーマ」(ヴェルディ川崎は自主制作という形で「ナイキ」)が新たなユニフォーム・サプライヤーとして加わり、1998年からは事前にJリーグとユニフォーム・サプライヤー契約を結んでいるユニフォームメーカー等に限って、各チームがユニフォームメーカー等の各社と個別の契約を締結する事が出来る様になった。

なお、この他にもリーグ戦用やカップ戦用のユニフォームといった区別には捉われない形の3rdユニフォームというものもあり、こちらは横浜F・マリノスと名古屋グランパスエイトがJリーグでは2001年になって初めて採用したが、現在ではその年のACLに参戦をするチームを中心に数多くのチームが導入している。また、特別な事由でJリーグ事務局長の事前承認があれば、「ユニフォーム使用計画」に定めるユニフォームとは異なるユニフォームを着用する事が出来る。なお、Jリーグ年間王者(J1王者)のチームは、金色のJリーグロゴマークをチャンピオンマークとして翌シーズン、ユニフォームの袖にJリーグのロゴに代えて付けることができる。

ユニフォーム・サプライヤー一覧[編集]

ブランド名 会社名
アシックス 株式会社アシックス
アディダス アディダスジャパン株式会社
PENALTY 株式会社ウインスポーツ
ヒュンメル 株式会社エスエスケイ
エーライン 株式会社カレッジリーグ
ゴールドウイン 株式会社ゴールドウイン
アンブロルコック・スポルティフ 株式会社デサント
アンダーアーマー 株式会社ドーム
ナイキ 株式会社ナイキジャパン
プーマ プーマジャパン株式会社、プーマアパレルジャパン株式会社
Kappa 株式会社フェニックス
ミズノ ミズノ株式会社
マイター 株式会社ロイヤル
CW-X 株式会社ワコール
  • 原則としてそれぞれのチームカラーベースの1stユニフォームを着用するが、チームカラーが重複する場合や同系色の場合にはホームチームは1stユニフォーム、アウェーの場合は白ベースが中心の2ndユニフォームを使うことになっているなお、以前は黒ベースのユニフォームは審判団との混同の恐れから使用が認められなかったが、審判のユニフォームの色が多様化したのに伴い、現在では解禁されている。
  • 背番号の下部に登録選手名をローマ字で表すこともある。背番号の上部がスポンサーの広告スペースであることが通常のためである。AFCチャンピオンズリーグなどに出場する場合、スポンサーは1つに限られ、胸部に掲載されるため、野球などと同様、背番号の上部に名を表記することが多い。ちなみにFC東京の2009年1stユニフォームは、背番号の上部に選手名を、下部にスポンサーを表記している。
  • ユニフォームに記載される名は登録名に基づくため、日本人選手の場合は苗字が入ることが一般的だが、リーグへの届出をすれば名前(ファーストネーム)や愛称を入れることができる。
  • 報道などでその企業名や商品名が載る事によって、未成年に悪影響を及ぼす可能性があるなどの懸念から、Jリーグはパチンコなどの遊技業や消費者金融、アルコール飲料を扱っている企業などのユニフォームスポンサー、特に胸部分の広告になる事に対しては禁止まではしていないものの、掲示する事などへの自粛を要請している。ただ、2009年からアルコール飲料に限ってはチームのスポンサー企業として名を連ねる事を解禁した[16]。しかし、過去に特例でいくつかのチームに対してこういったスポンサーを認めている事、Jリーグのオフィシャルスポンサーとして、パチンコ機器を製造する『HEIWA』(2007年撤退)や消費者金融の『GE Money』(2007年撤退)がスポンサー企業になっていた時期もあった。

背番号[編集]

1993-1996年までは(天皇杯を除く)試合ごとに付ける番号が違う変動背番号制であったが、1997年からはシーズン開幕前やチーム加入時点で決定される固定背番号制へと変更された。また、2004年には規約の一部改定(欠番の解禁など)した。

なお、変動背番号制であった1993年には鹿島アントラーズの石井正忠が出場停止やケガなどによる離脱を余儀なくされた選手の代役として6-11番までの6つの背番号を付けた事がある。また、1996年にはガンバ大阪の今藤幸治もGKの番号である1以外の2-11までの背番号を付けた事もある。

公式試合球[編集]

Jリーグの試合では、Jリーグの公式ロゴマークが入っているJリーグ公認の試合球(公式試合球)が使用されている。なお、1993年の開幕戦「ヴェルディ川崎 対 横浜マリノス」でヘニー・マイヤー(ヴェルディ川崎)が決めたJリーグ第1号ゴールの試合球はJリーグ事務局のチェアマン室に、ガラスケースに入れて保存されている[17]

年度 公式試合球 製造 提供
1993 エトルスコ・ユニコ(Etrusco Unico) アディダス モルテン
1994-1995 クエストラ(Questra)
1996 クエストラ・オリンピア(Questra Olympia)
1997 クエストラ・エウロパ(Questra Europa)
1998-2001 トリコロール(Tricolore)
2002-2003 フィーバーノヴァ(Fever Nova)
2004-2005 ロテイロ(Roteiro)
2006-2007 チームガイスト(+Team Geist)
2008 チームガイストII(Team Geist II)
2009 テラパス(TERRAPASS)
2010 ジャブラニ(JABULANI)

指導者資格[編集]

  • 第1種チーム(トップ)の監督は日本サッカー協会公認S級指導者ライセンスを保持している者が指導すること。
  • 第1種チーム(サテライト)は同A級(以上)指導者ライセンス保持者、第2種以下は同B級(以上)ライセンス保持者が監督を務めることが出来る。

審判員[編集]

  • 日本サッカー協会の「サッカー公認審判員」の1級審判員の中より推薦、決定されJリーグ担当審判員となる。
  • Jリーグでは審判のレベル向上のため、一部の審判員にプロ審判員(スペシャルレフェリー、略称SR)制度を採用している。アマチュアが一般的なサッカー審判員のプロ化は世界でも珍しい例である。

フラッグ[編集]

毎試合、Jリーグの試合会場にはJリーグフラッグと対戦する両チームのフラッグ(旗)が掲げられる。主にチームフラッグのデザインは自クラブのチームカラーを基調とし、自クラブのロゴタイプエンブレムが入っている事が一般的である。また、フラッグが掲げられる順番としては基本的に左側からホームチームJリーグアウェーチームの順となる。ちなみに、稀にJリーグ旗の横や下などにFIFAのフェアプレーフラッグが掲げられている場合がある。また、両チームの選手が入場する際には必ず両チームのスターティングメンバーのサインが入ったJリーグのフェアプレーフラッグを先頭にしてピッチへ入場する。なお、リーグ戦で使用されるJリーグフラッグは2種類あるが、通常の試合会場では主に1のフラッグが使われている。

  1. 背景は「白」を基調とした無地の柄で中央部にJリーグの公式ロゴマークが入ったタイプ。
  2. 背景は左側から黒で縁取られた「緑」「白」「赤」を基調としたイタリア国旗風の柄で中央部にJリーグの公式ロゴマークが入ったタイプ。

音楽[編集]

Jリーグのリーグ戦では他の国際試合や海外リーグの試合と同様に選手入場時には試合会場にアンセムが流れる。Jリーグにもオリジナルの公式アンセムが存在するが、多くのチームがチームオリジナルのアンセムを持っており(Jリーグの規約では、選手入場時の音楽を特に規定されていない)、ホームゲームの選手入場時にチームオリジナルのアンセムを流す為に、実際の選手入場時にこの公式アンセムが流れている所は少なく、現時点でJリーグアンセムを使用しているのは、水戸ホーリーホックヴァンフォーレ甲府FC岐阜アビスパ福岡サガン鳥栖などのチームである。なお、JFLのアンセムはFIFAアンセムを使用しているため、JFLから昇格したチームは数年間Jリーグアンセムで通すことが多く、アビスパ福岡やサガン鳥栖のように、10年以上にわたり、チームアンセムのないチームもある。また、現在ではもう耳にする機会はほとんど無いが、開幕当初にはJリーグ公式テーマソングがあり、Jリーグに関するイベント等でよく使われていた。

年度 曲名 作詞 作曲 編曲
公式テーマソング 1993 J'S THEME - 春畑道哉TUBE -
公式アンセム 1993 J'S BALLAD - 春畑道哉(TUBE) -
2003 THE'GLORY - - -
公式ソング 2003 飛躍 (J-100) 安岡優 村上てつや 小西貴雄

広報活動[編集]

Jリーグでは1999年からJ1・J2に関係なく、リーグ全体で統一したスローガンを不定期間に設定して、主にJリーグの広報活動などにおいて使用している。

年度 スローガン
1999-2004 Join!
2005-2006 Amazing,J.
2007 Will Be 見せたい未来がある。
2008 Will Be クラブサッカーの世界水準へ。
2009 「SHOUT! for SHOOT!」声、枯れるまで。体、果てるまで。
2010- 「男を競え。」 極上のライブエンターテイメント

マスコットキャラクター[編集]

特にJリーグの規約等で義務付けられてはいないが、クラブの多くは動物などをモチーフにしたクラブ独自のオフィシャルマスコットキャラクターを制作して保有している。主にこういったオフィシャルマスコットキャラクターは試合の前後やハーフタイム、ファン感謝デーなどのクラブのイベントで活用されている。また、Jリーグにも百年構想の周知活動などの目的で制作されたオフィシャルマスコットキャラクターがいる。

Jリーグ[編集]

サッカーキング(J-Boy)
  • 当初は「サッカーキング」と呼ばれていたが、いつの間にか「J-Boy」と呼ばれるようになった。
  • クリーム色と紺に近い青色の五角形パネルで構成されたサッカーボールの頭に王冠を載せ、中央に大きくJリーグのロゴマークが入った白い半袖シャツ・紺に近い青色のパンツ・白いサッカーソックスと手袋・背中に赤いマントを身にまとい、サッカースパイクを履いていた。
  • 1993年の開幕セレモニー時には大きなバルーンとして華々しく登場した。
Mr. ピッチ
  • 読み方は「ミスター・ピッチ」。
  • 1991年11月1日生まれ、出身地は不明。
  • 血液型はJ型。
  • 身長は180センチ、スリーサイズは上から200・200・200cm、全身を緑の芝生におおわれているのが特徴。
  • 好きな色はグリーン。好きな言葉は「地球は青かった」、「石の上にも三年 芝の上にも百年」。
  • 趣味はガーデニング。
  • 「Jリーグ百年構想メッセンジャー」として、現在は各地で毎年行われている「ファミリーJoinデイズ」や「Jリーグオールスターサッカー」を始め、積極的に様々なイベントなどに出演している。また、各地の試合会場において、試合の前後やハーフタイム中に電光掲示板などで彼の出演しているビデオ映像を目にする事が出来る。なお、「百年構想」をPRしているポスターや雑誌の広告などでも、彼がモデルを務めている。

クラブチーム[編集]

協賛団体[編集]

J1・J2共通
  • Jリーグ(リーグ戦)の公式スポンサーはJ1の試合会場で広告看板を掲示できるほか、新聞や雑誌、放送媒体の広告でJリーグのロゴマークとともに「(企業名)はJリーグのオフィシャルスポンサーです」、あるいは「(企業名)はJリーグを応援しています」のクレジットを掲載できる。また、J1・J2に関係なく、試合前後の時間やハーフタイム中に試合会場の電光掲示板や場内放送で企業名を読み上げられる。
  • 1993年の発足から、Jリーグの協賛団体となる企業との契約業務は一貫して博報堂博報堂DYメディアパートナーズが行っている。なお、日本代表については電通が同様の業務を行っている[18]
  • スポンサー料はリーグ発足時が約7000万円程とされ、現在では約3億円程だとされている[19]
  • 原則的に1業種1企業とされている。
J1
  • 1993-1995年の2ステージ制時代は、そのステージの冠協賛者(1st・サントリー、2nd・日本信販)はバックスタンドとゴール裏に2枚ずつの合計4枚、他の公式スポンサーは1枚ずつ掲出されていた。それ以後は原則ゴール裏に各社2枚ずつ掲出されている。
  • 2005年からはJ1の各節1試合ごとに電動式回転広告板を導入している。ただ、導入される試合は各節注目の試合に設置される場合が多い。また、2008年からはこれと併用する形でJ1の各節1試合ごとに三菱電機社製の電光広告板(オーロラリボンビジョン)を導入した。ちなみに、NHK-BSの中継対象試合を中心に運用されている。
J2
  • J2ではJリーグの公式スポンサーの広告看板は2007年まで掲出されなかった(各クラブの公式スポンサーの看板がかかっている)が、1996-1998年のジャパンフットボールリーグ(旧JFL)でJリーグ準会員だったチームのホームゲーム開催時にはゴール裏部分に各1枚ずつの公式スポンサーの広告看板が掲出されていた。なお、2008年から大会名の看板の横に小さめに公式スポンサーの広告が1枚にまとめて載るようになった。
スポンサースペシャルデー&スペシャルマッチ
  • 1996年にこれまでのステージスポンサーの制度が廃止されてから数年間に渡って、Jリーグでは公式スポンサー企業が特定の節・試合を対象としてスポンサースペシャルデー、ないしはスペシャルマッチを開催した。試合会場ではスペシャルデーのスポンサー企業がキャンペーンプロモーションを展開した。

協賛団体一覧[編集]

年度 協賛団体名
公式スポンサー 1993 Calbee(サッカー日本代表チームチップス)
1996 Canon
2002 KONAMI(ウイニングイレブン)
2005 AiDEM(e-aidem)
2008 マイラン製薬
2008 レオパレス21
2008 plenus(ほっともっと)
2009 日本コカ・コーラ
90度広告システムスポンサー 2002 ジャパンエナジー(JOMO)
2002 NTTコミュニケーションズ(OCN)
2009 日本コカ・コーラ(Coca-Cola zero)
ネットワークパートナー 2002 NTT東日本
2002 NTT西日本
百年構想パートナー 2003 朝日新聞社
スポーツ振興パートナー 2001 スポーツ振興くじ(toto)
公式ブロードキャスティングパートナー 2007 スカパーJSAT
エクイップメントサプライヤー 1993 モルテン
公式レフェリーエクイップメントパートナー 2007 アディダス
公式レフェリーウォッチサプライヤー 2006 アディダス
公式サプライヤー 2008 ジョンソン・エンド・ジョンソン
アライアンスマーケティングパートナー 1993 博報堂DYメディアパートナーズ
1993 博報堂

過去の協賛団体一覧[編集]

契約期間 協賛団体名
公式スポンサー 1993-2007 サントリー
1993-2007 日本信販(NICOS)
1993-1999 小学館
1993-2004 ローソン
1994-2007 ジャパンエナジー(JOMO)
2002-2004 武富士
2005-2007 Heiwa[20]
2005-2007 GEコンシューマー・ファイナンス(GE Money)[21]
90度広告システムスポンサー 2002-2007 サントリー
J2サポーティングカンパニー 2002 大日本印刷

関連項目[編集]

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試合関連[編集]

クラブ関連[編集]

選手関連[編集]

報道関連[編集]

出来事[編集]

その他[編集]

参考書籍[編集]

  • 『Jリーグ10年の軌跡1993→2002』 2003年12月 ベースボールマガジン社
  • 『週刊サッカーマガジン 2006年10月17日号「まるごとJリーグ」』 2006年10月 ベースボールマガジン社
  • 『週刊サッカーマガジン 別冊 春季号「まるごとJリーグ完全版〜栄光の記憶15年〜」』 2007年5月 ベースボールマガジン社
  • 『週刊サッカーマガジン 1998年11月25日号「Jリーグを救え!第1弾」』 1998年11月 ベースボールマガジン社
  • 『週刊サッカーマガジン 1998年12月2日号「Jリーグを救え!第2弾」』 1998年11月 ベースボールマガジン社
  • 『季刊 サッカー批評 issue04 「Jリーグの光と影」』 1998年 双葉社
  • 『季刊 サッカー批評 issue18 「Jをめぐる冒険」』 2003年 双葉社
  • 『季刊 サッカー批評 issue27 「Jリーグを応援する」』 2005年 双葉社
  • 中山淳 『Jクラブ歴代ユニフォーム完全カタログ 東日本編』 2007年3月 えい出版社
  • 中山淳 『Jクラブ歴代ユニフォーム完全カタログ 西日本編』 2007年3月 えい出版社
  • 秋元大輔 『Jリーグクラブをつくろう! 新規参入を目指すクラブを紹介』 2007年3月 ノースランド出版

脚注[編集]

  1. 「クラブ経営状況」 about Jリーグ
  2. 週刊東洋経済2010年5月15日号
  3. その例として1993年サントリーシリーズ6節(6月2日)の清水対V川崎=静岡県草薙総合運動場陸上競技場。これは当時中継したテレビ静岡フジテレビジョンがゴールデンタイム(19時から)にプロ野球中継ヤクルト巨人を生中継した都合のため、及び1994年NICOSシリーズ3節(8月17日)の清水対平塚=札幌厚別公園競技場。同競技場にナイター設備がないため
  4. 九州地方の3県は1992-1995年まで「特別活動地域」。
  5. 「若年ファン減少…Jリーグ観戦者の平均年齢上昇」 2009年1月28日 スポニチアネックス
  6. 大住良之『92.J1の観客数は世界で第6位「日本サッカー世界への挑戦」』NIKKEI NET
  7. スタジアムガイド(日本プロサッカーリーグ)
  8. 2009Jリーグ ディビジョン1 クラブ別入場者数(日本プロサッカーリーグ)
  9. 2009Jリーグ ディビジョン2 クラブ別入場者数(日本プロサッカーリーグ)
  10. 2008 Jリーグ スタジアム観戦者 調査報告書(日本プロサッカーリーグ)
  11. 2008年度(平成20年度)Jクラブ個別情報開示資料(日本プロサッカーリーグ)
  12. 座席数を上回っているのは、埼玉での試合があったため(第7節新潟戦、第13節浦和戦、第29節川崎戦)
  13. 「大会別入場者数データ」 about Jリーグ
  14. 「スタジアム観戦者調査報告書」2004~2009年度版 about Jリーグ
  15. 「Jリーグ全試合対象観戦記録システムを全クラブが導入」 日本プロサッカーリーグ
  16. 「J広告スポンサーにアルコール飲料解禁へ」 2008年11月13日 nikkansports.com
  17. 『週刊サッカーマガジン 2003年5月27日号』 ベースボールマガジン社
  18. 「博報堂DYメディアパートナーズと博報堂、2010年までのJリーグスポンサー事業の独占販売権を獲得」MarkeZine
  19. Jリーグマネー情報「オフィシャルスポンサー」2006年 ゲンダイネット
  20. 株式会社平和:NEWS
  21. 「GEコンシューマー・ファイナンス株式会社がJリーグオフィシャルスポンサーに決定」 Jリーグ公式サイト

外部リンク[編集]

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