NNNきょうの出来事

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NNNきょうの出来事』(エヌエヌエヌ きょうのできごと)は、日本テレビ系列(NNNNNS)で1954年10月4日から2006年9月29日(金曜日)まで、52年にかけて放送されていた最終版ニュース番組。略称は「きょうの出来事」、「出来事」、「きょう出来[1]

開始日・放送回数ともに日本における民放テレビの最長寿番組であった。なお、週末版は1958年4月5日に開始した。

番組概要[編集]

日本初の民放テレビ局として1953年8月28日に開局してからまだ1年余りしか経っていなかった日本テレビで1954年10月4日に本番組は始まった(当初は平日のみで、1958年4月5日の週末スタート以降は全日放送)。ラジオ南日本【現・南日本放送】から日本テレビに移籍したアナウンサー小林完吾や、女性ジャーナリスト櫻井よしこなど、数々のキャスターを世に送り出した。

終了時点における本番組はNNN加盟30局がネットする唯一の番組となっており、沖縄県を除く46都道府県で放送されていた。スポンサーは月曜日から金曜日まではテレビ宮崎を除く29局はスポンサードネット(全国ニュースのみ)になっていた。1990年代中期から2000年代中期にかけての金曜日はスポンサーのなかった時期もあった。なお、土曜と日曜については、一時マストバイ局や一部の非マストバイ局のみのスポンサードネットが実施されていた時期があった(当時はスポンサードネットでない地方局が提供クレジットを隠すためにオープニング映像を差し替えるということもあった)が、末期は全ネット局ともオールスポット扱いとなっているため、土曜と日曜は、全ネット局にスポンサーがなかった。

音声多重放送が始まった1978年頃から二ヶ国語放送が実施された。これは、同じく日本テレビの各報道番組でも実施され、1993年5月31日まで続いた。同年6月1日以降は各番組共にモノラル放送を実施している。また、2006年4月3日より最後の半年間は、リアルタイム字幕放送が実施されていた(週末版を除く)。

最終回の2006年9月29日は放送時間を15分拡大した(後述)。

番組タイトルの変遷[編集]

期間 平日版 週末版
1954.10.4 1958.4.4 東芝提供 今日の出来事 放送なし
1958.4.5 1966.3.31 東芝提供 今日の出来事
1966.4.1 1980.3 NNNきょうの出来事
1980.4 1988.4.3 The Day NNNきょうの出来事
1988.4.4 1990.4.1 NNNきょうの出来事 Sports&News NNNきょうの出来事
1990.4.2 1994.4.1 NNNきょうの出来事 Sports&News
1994.4.2 2002.3.31 NNNきょうの出来事
2002.4.1 2004.3.28 NNNきょうの出来事 & SPORTS MAX NNNきょうの出来事
2004.3.29 2006.9.29 NNNきょうの出来事

歴史[編集]

※ここで記載されている放送時間は、月曜日から木曜日までのものを基準としている。

「東芝提供」時代(1954.10 - 1966.03)[編集]

開始当初は、21時台の10分間の番組だった。第1回放送はその日の最終放送番組でもある。この当時は、21時半前後をもって1日の放送時間を終了していた。放送開始からNNN発足前日の1966年3月31日までは東芝の一社提供番組として放送した。

2006年9月29日放送の最終回では、日本テレビが所蔵する中でもっとも古い1961年当時の映像が紹介された。オープニングは、はじめに東芝製のイメージオルシコンカメラが登場し、カメラの正面からレンズに向かってクローズアップすると、奥から国鉄特急こだまが正面から頭上を走り抜けていく映像が円の中に光学合成で流れる。終わると引いてカメラを映す映像に戻り「東芝 提供(※通称:傘マーク)」が大写しになって提供バックが躍り、被写体カメラが画面左を向いて横腹を見せつつ、平仮名でなく漢字で「今日の出来事」のバックが現れる、というものであった。

NNN発足(1966.04 - 1980.03)[編集]

NNN発足を受けて、1966年4月にタイトルにNNNの冠を付けて再出発。4月18日(月)から23時台(23:00 - 23:10)に移行。NNN発足以降は最終回まで、複数社提供番組であった。

1974年から小林完吾(当時日本テレビアナウンサー)がキャスターに着任。「あ、さて」ではじまる節回しや低音ボイスで知られるようになる。1979年からキャスターに久保晴生が加わり、小林・久保両名のシフト制になる。

NNN発足後は、次番組が『11PM』(スタート当時は同番組への内包形式)であったため、新聞テレビ欄の夜11時台には、『きょうの出来事』と1行書いてあるだけだったが、後に分離された。

「The Day」時代(1980.04 - 1988.03)[編集]

サブタイトル付きの『The Day NNNきょうの出来事』(ザ・デイ - )となる。この頃は23:00からの20分間の番組であったが、1985年4月改編で月曜から木曜は30分に拡大、金曜は23:30からの15分番組となった。なお、これ以降番組終了まで金曜の放送は月 - 木曜とは別編成となる(後番組の『NEWS ZERO』も同様)。

1980年4月より「1980年代は女性の時代」という触れ込みのもとで女性キャスターが起用され、男女1ペアのキャスター制が敷かれるようになったが、当初の女性キャスターは櫻井ではなく、片倉もとこ(アラブ問題評論家)と馬場恭子(所沢市立所沢中学校教師)の2人であった。しかし、両名とも読み手としての技能が不足しており視聴者受けが悪く、片倉は早々に体調不良を理由に降板。同時期に馬場も降板し、小坂美保子や青尾幸が後任人事が決まるまでのサブキャスターとして臨時に登板した。

片倉・馬場の正式な後任として白羽の矢が立ったのが、番組スタッフと外国人記者クラブの席などで面識のあったジャーナリストの櫻井良子だった。急きょ抜擢された櫻井は結果16年近くキャスターを務めることになり、出世作となった。久保が平日の担当から外れ、小林・櫻井コンビに固定してからは地味ながら徐々に根強い支持を集めるようになる。

オープニング映像はCGを使用していたものの、エンディング映像はブルーバックで提供クレジットとタイトルが出ているだけだった。

1983年4月頃から1年ほどの男性メインキャスターは、小林ではなく、後にCS日本会長となる舛方勝宏(当時アナウンサー)や國弘正雄が担当していた。これは小林が夕方の『NNN JUST NEWS』を担当したことによるもので、後に小林が復帰して1988年3月までキャスターを担当した。

この時代、ローカル枠の前に、海外ニュースを電報風に紹介するコーナーや、比較的軟らかめのニュースをフラッシュ形式で伝えるTHE DAY フラッシュというコーナーがあった時期もあった。よみうりテレビはこれらのコーナーから飛び降りることもあった。

「Sports & News」時代(1988.04 - 1994.03)[編集]

1988年4月から男性メインキャスターが、アメリカ特派員から転じた真山勇一に変わり(真山はこれ以前にも当番組「特派員レポート」でアメリカの支局から出演していた)、同時に『スポーツニュース』を内包(当初は平日のみで、1990年4月から週末も)。それに伴い放送時間を1時間と大幅延長(金曜は30分放送)して、『NNNきょうの出来事 Sports & News』( - スポーツ・アンド・ニュース)と改題。この形態は、1994年3月まで継続されたが、タイトルロゴの「Sports & News」の表記は1990年10月のタイトルロゴのデザイン変更時に削除。このリニューアルの2年半前に民放の最終版ニュースとしては初めて10時台に放送を開始したテレビ朝日の『ニュースステーション』から始まった「夜のニュース戦争」の影響とも言える。これに伴い、新聞のテレビ欄表記は『出来事・スポーツ&[N]』となった。

これに伴いスポーツニュースの内容を拡充、プロ野球全試合詳細速報や各種スポーツニュース、特に日本テレビ系列が力を入れるスポーツイベントの特集企画も行えるようになった。

真山は1990年3月に降板。それ以降は、櫻井が単独でメインキャスターを担当することになり、新聞のテレビ欄には、『桜井良子の[N]出来事[3]とタイトルが記載されるようになった。また、1989年4月からフジテレビ平日最終版ニュースのメインキャスターに木村太郎が登用されたことや、同年10月からTBSで『筑紫哲也 NEWS23』がスタートされたこともあり、どちらかというとジャーナリズムに突出した内容に変わっていった。

真山降板後は櫻井一人で立ってニュースを伝えていたが、1991年10月に、報道センターから専用スタジオセットに移り、座ってニュースを伝えるスタイルに戻ると同時に、保坂昌宏(当時アナウンサー)が櫻井のパートナー役として加入した。

この時期のスクープ報道として、1988年9月19日の深夜に昭和天皇の主治医であった高木顕侍医長が皇居に向かった事を報じた。これはたまたま夜回り取材として侍医長の自宅に向かった記者が皇居方面に向かう侍医長の車とすれ違ったことに起因する。一報の約3時間半後、宮内庁が昭和天皇の吐血を伝えた。

Sports & News時代の月 - 木曜版最後の放送となった1994年3月31日は、日本テレビ系列フジテレビ系列のクロスネット局であった鹿児島テレビがNNNのニュースをネットする最後の放送でもあった。その当日、櫻井がその趣旨をアナウンスしていた。[4]

スポーツニュース分離(1994.04 - 2002.03)[編集]

1994年4月、番組を大幅にリニューアル。22:55(同年10月から22:54)からのフライングスタートとし、スポーツコーナーを切り離して23:25までニュースのみ伝える『NNNきょうの出来事』として再スタート。メインキャスターは引き続き櫻井が務め、パートナー役の保坂と、天気予報担当の片平夏貴フリーアナウンサー)が就任し、キャスター3人体制となった。放送時間が短くなった為に重大ニュースや災害が発生した時は時間拡大での特別編を随時編成した。

1996年3月、長年にわたりこの番組の顔だった櫻井が勇退し、同年4月より、金曜から日曜のメインを担当していた井田由美(当時アナウンサー)が平日キャスターへ昇格。併せて女性サブキャスターは薮本雅子(当時アナウンサー)に交代した。薮本が1998年6月に報道局へ異動したことにより一時空席となったが、10月に豊田順子が後任に就任した。

特に1995年には、オウム事件や阪神大震災などで放映時間を拡大することが多く、オウム事件に関してはかなり重点的に特集を組むなどし、また1996年には薬害エイズ事件関連の報道については同年3月に勇退した櫻井が時折コメンテーターとして出演し、特集を組むことも多かった。この時期が最大の絶頂期だったといえる。

当初は冒頭部分からストレートニュース方式だったが、フライングスタートを活かし、1995年からは冒頭はテーマ音楽にあわせてその日のニュースを短く伝える「フラッシュニュース」方式にした[5]。その上で改めてニュースを幾つか詳報し、特集、フラッシュニュースを伝えてローカルニュースへ繋いだ。この時代のオープニングとテーマ音楽及びBGMは、2002年4月の番組リニューアルまで一貫して使われた。ネットCMに関しては月曜 - 木曜分は3分に縮小された。この時期からは天気予報は月曜から木曜は各局差し替えで30秒、金曜のみ一部地域は1分間全国の天気を伝えた後、後半30秒は各局差し替えとなっていた[6]

天気予報については、1994年以前は全国の天気のみで差し替え枠も無かったが[7]、1994年以降からは全国の天気とローカル天気に変更されている。また、関東ローカルの天気予報では、一時期、関東一円の立体画像(東は茨城から西は静岡まで、富士山や稜線などもリアルに描かれた予報画面)が使用されていた事があった(ただし、静岡の予報は表示されていない)。

この番組のリニューアルと共に櫻井が櫻井良子から櫻井よしこに改名(後述)。これに伴い、新聞ラ・テ欄の表記は櫻井が勇退するまで『桜井よしこの[N]出来事』[3]となった。また、井田が平日キャスターとなってからは『井田由美の[N]出来事』と表記されるようになったが、番組表にGコードが記載されるようになり、文字のスペースが限られてからは、新聞ラ・テ欄の表記はキャスター名を冠さない『[N]出来事』となった。

「出来事 & MAX」時代(2002.04 - 2004.04)[編集]

『出来事』が好調であった為、日本テレビはスポーツニュースとバラエティー番組の底上げを期待する編成を行い、『出来事』もリニューアルや放送時間の変更を繰り返した。

2002年4月より、平日については『SPORTS MAX』を番組の後半に挿入し、タイトルを『NNNきょうの出来事 & SPORTS MAX』( - スポーツ・マックス)と改める。これにより『きょうの出来事』は『SPORTS MAX』を挿んだ3部構成となり、第1部がニュースとローカルニュース・天気予報、第2部がスポーツ、第3部がフラッシュニュースと全国の天気となった。ニュースティッカーを導入し、画面上部に常時スクロール表示していた(2003年9月まで、スポーツMAXでは表示なし)。

2002年10月、フジテレビの23時台バラエティー番組に対抗するため『夜は別バラ22:54』を編成。これに伴い30分繰り下がり23:24スタートになった。同時に2部構成を廃止し、事実上スポーツコーナーを切り離している。

2003年4月から9月までの間の月〜木曜には、『NNNきょうの出来事 & SPORTS MAX INDEX』( - インデックス)という、きょうの番組内容を紹介するミニ番組が本編開始前に放送されていた。番組内容としてこの後の「出来事」のニュースと「MAX」のスポーツ情報を少し放送するものであった。これはサブキャスターである菅谷大介が、曜日毎の女性アナウンサー(それぞれ佐藤良子山本舞衣子杉上佐智枝小野寺麻衣(当時)が担当。ただし、これらの4人は番組本編に登場しない)とともに担当。これにより本編は23:29スタートとなる。

2003年9月に7年半にわたり平日のメインを務めた井田が勇退[8]し、キャスターを一新したほか、ニュースティッカーの廃止やスタジオセットや映像デザインを入れ替えた。リニューアル後の平日の放送はメインに小栗泉を起用、イラク戦争の際に日本テレビ向けにリポートを送り活躍したジャパンプレスの記者山本美香をフィールドキャスター(番組専属リポーター)として起用したが、山本は半年で降板している。

スポーツニュース再分離(2004.04 - 2006.09)[編集]

2004年4月に、『SPORTS MAX』(後の『スポんちゅ』)を分離、再びニュースオンリー番組となった。また『別バラ』の放送時間と入れ替えて再び22:54から(金曜日はこれまで通り23:30から)となった。

2006年4月より、月曜から木曜までの放送では著名人をコメンテーターに迎えて放送する形となった。又、放送終了後に小栗とコメンテーターがきょうのニュースについて語る『トークの泉』もスタートした(『トークの泉』はホームページにて無料で動画配信された)。

なお、ネットCMは2004年4月からは隔日交代制となり、当初から9月までは1分30秒だったが、10月には2分、2006年4月には2分30秒へとそれぞれ拡大された。土日は24時台の放送(平日も番組編成によっては放送時間が00:00を過ぎることも)のため『きのうの出来事』と揶揄されることもあった。

最終回[編集]

2006年9月29日(週末版は9月24日深夜まで)、日本テレビの、そして民放テレビの最長寿番組として続いたニュース番組『きょうの出来事シリーズ』は52年の歴史に幕を閉じることとなった。最終回は23:45 - 0:29までの45分間特別編成となり、後半のうち15分ほどを番組の52年間の歴史を報道面から振り返る特集に充てた。

  • 前半は、通常のニュースを通常通りに報じ、ローカルニュース(1分)を挟んで後半15分程は「伝えられたこと・伝えられなかったこと」をテーマにして、過去にキャスターを担当した櫻井、井田、番組に携わったプロデューサー、また薬害エイズ事件地下鉄サリン事件の被害者らがVTRにて登場、番組の思い出などを語る特集を組んだ。
  • 特集で、井田は「私はキャスターがコメントするキャスターコメントは行わず、むしろストレートにニュースを伝えるという考えでニュースを伝えていました」と語った。一方でプロデューサーは「報道とはニュースを正確に報じたうえで、どう考えるかの選択肢を視聴者に提供すること」と振り返った。全体的に、52年の歴史を振り返りながら、報道番組の正しい姿勢を伝えるような構成であった。最後に引き継ぎという形で『NEWS ZERO』メインキャスターの村尾信尚が新番組への抱負をコメントした。
  • そして最後の天気予報(1分)の後、番組最後のメインキャスターとなった小栗がお別れの挨拶で、最終回のトップニュースであった所信表明演説を行った内閣総理大臣(第1期)の安倍晋三が本番組の放送年数と同い年であることに触れた後、最後に「これまで番組をご覧になって、来てくださった皆さん、本当にどうもありがとうございました。」と挨拶し、番組は終了した。
  • こうした事情から、ニュース・天気予報をローカル出しにしている局では、ふだん隣接しているローカルニュースと天気予報枠が、15分の間をおいて、分裂する形となった。
  • 週末版の最終回は平日版より早く9月24日に終了。最後の天気予報の後、鷹西美佳(当時アナウンサー)が「週末の『きょうの出来事』を私がお伝えするのも、今夜が最後になりました。ありがとうございました」とお別れの挨拶をした。しかし、この挨拶の部分は、ローカルニュース枠に差し替えられていた地域もあるため、放送されなかった地域も存在した。

スポーツニュース番組『スポんちゅ』も同日に終了し、同年10月2日からは2番組を統合した後継番組となる『NEWS ZERO』がスタートした[9]

出演者[編集]

メインキャスター・サブキャスター[編集]

期間 メイン・男性 メイン・女性
月 - 水曜日 木曜日 金曜日 土・日曜日 月 - 水曜日 木・金曜日
1954.10.4 1958.3.30 (不明) 放送なし (不明)
1958.3.31 1974.3.31 (不明)
1974.4.1 1979.3 小林完吾1 (不明) (不在)
1979.4 1980.3 久保晴生1
1980.4 片倉もとこ 馬場恭子
1980.5 1980.9 櫻井良子
1980.10 1983.3 櫻井良子
1981.10 1983.3 本多当一郎2・3
1983.4 1983.10.2 高雄孝昭1 國弘正雄
1983.10.3 1984.4.1 舛方勝宏1
1984.4.2 1985.3.31 小林完吾1
1985.4.1 1986.3.30 小林完吾1 舛方勝宏1 芦沢俊美 櫻井良子 青尾幸
1986.3.31 1988.4.3 芦沢俊美1
期間 メイン サブ(平日のみ)
月 - 木曜日 金曜日 土・日曜日 男性 女性
1988.4.4 1990.4.1 真山勇一
櫻井良子
舛方勝宏
青尾幸
(不在)
1990.4.2 1991.9 櫻井良子 井田由美
1991.10 1994.4.3 保坂昌宏4 (不在)
1994.4.4 1996.3.31 櫻井よしこ 井田由美 片平夏貴
1996.4.1 1998.3.29 井田由美 鷹西美佳1・3 薮本雅子
1998.3.30 1998.5.31 長谷川憲司
1998.6.1 1998.9.28 (不在)5
1998.9.29 2001.9.30 豊田順子
2001.10.1 2003.9.28 菅谷大介
2003.9.29 2006.9.29 小栗泉 寺島淳司 佐藤良子

  • 片倉・馬場・櫻井・國弘・片平以外は、出演当時の者を含めて全員日本テレビ所属。
  • 小林は、1983年度に夕方の『NNN JUST NEWS』を担当したため一時降板。
  • 櫻井は「良子」が「りょうこ」と読み間違えられることや、NHKアナウンサーの桜井洋子(さくらい ようこ)と混同されることなどから、1994年4月に平仮名表記の「よしこ」に改めた。
  • サブキャスターの2人制は、曜日ごとの分担はなく、基本的には2人同時に出演。薮本(長谷川の着任以降)・豊田は男性よりも先にクレジットされた。

スポーツキャスター・お天気キャスター[編集]

期間 スポーツ お天気
月 - 木曜日 金曜日 土・日曜日 (平日のみ)
1954.10.4 1958.3.30 (不在) 放送なし (不明)

(女性メイン兼任)
1958.3.31 1988.4.3 (不在)
1988.4.4 1990.4.1 松永二三男 多昌博志 (不在)
1990.4.2 1991.3 今井伊佐男 雲野右子 多昌博志
1991.4 1991.9 村山喜彦
1991.10 1993.3 片平夏貴
1993.4 1994.4.1 鈴木健 河村亮
1994.4.2 1996.3.29 (不在)
1996.4.1 2001.9.28 (女性サブ兼任)
2001.10.1 2009.9.26 梅田陽子
2003.9.29 2009.9.29 佐藤良子
  • 雲野・片平・梅田以外は、出演当時の者を含めて全員日本テレビアナウンサー。
  • 土・日曜日のスポーツ担当者は、シフト勤務だった『NNN昼のニュース』の担当に入ることが多かった。
  • 片平は1994年4月1日まで、金曜日は担当なし。

フィールドキャスター[編集]

出演者不在時の対応[編集]

メインキャスター(平日版)
  • 舛方はソウルオリンピックの実況などで出演できないことが多く、芦沢が代役を務めたことが何度かあった。
  • 1994年4月 - 1998年9月:櫻井の代役を井田、井田の代役を鷹西が務めた。
  • 1998年10月 - 2003年9月:代役を立てず、サブキャスター2人で進行した。
  • 2003年10月 - 2006年9月:当時同局の夕方ニュースを担当していた笛吹雅子が代役を務めた。
サブキャスター
  • 保坂は放送中に喉を痛めて途中降板(アナウンス部からも異動)。代役は平川健太郎、長谷川らがシフト制で務めた。
  • 1994年4月 - 1998年9月:男性が取材等で不在の場合は平川が代役を務めた。女性の代役は不在。
  • 1998年10月 - 2003年9月:片方(主に男性)が取材等で不在のときは代役を立てず、もう片方(主に女性)のみの出演だった。
お天気キャスター
  • 1996年4月 - 2001年9月:メインキャスターの井田が兼務。

放送時間[編集]

期間 月 - 木曜日 金曜日 土曜日 日曜日
1954.10.4 1958.4.4 (不明) 放送なし
1958.4.5 1961.3 (不明)
1961.4 1962.9 21:00 - 21:10(10分)
1962.10 1963.9 21:30 - 21:40(10分)
1963.10 1966.9 22:00 - 22:10(10分) 22:30 - 22:40
(10分)
22:00 - 22:10
(10分)
1966.10 1967.9 23:00 - 23:10(10分)
1967.10 1968.3 23:00 - 23:10(10分)
1968.4 1976.3 23:00 - 23:10(10分) 23:30 - 23:40(10分)
1976.4 1980.3 23:00 - 23:15(15分)
1980.4 1985.3.31 23:00 - 23:20(20分)
1985.4.1 1988.4.3 23:00 - 23:30
(30分)
23:30 - 23:45
(15分)1
1988.4.4 1990.4.1 ●23:00 - 23:55
(55分)2
●23:30 - 23:55
(25分)2
1990.4.2 1990.9.30 ●23:30 - 24:00(30分)2
1990.10.1 1994.3.27 ●23:00 - 23:25
(25分)3
1994.3.28 1994.4.3 23:30 - 23:45(15分)5
1994.4.4 1994.10.2 22:55 - 23:25
(30分)4
23:00 - 23:25
(25分)4
1994.10.3 1995.4.9 22:54 - 23:25
(31分)
1995.4.10 2000.10.1 23:30 - 23:55
(25分)6
2000.10.2 2001.4.1 23:55 - 24:10
(15分)7
23:30 - 23:45
(15分)
2001.4.2 2002.3.31 24:35 - 24:50
(15分)8
24:10 - 24:25
(15分)8
2002.4.1 2002.9.29 ○22:54 - 23:55
(61分)9
○23:30 - 24:25
(55分)9
2002.9.30 2003.3.30 ○23:24 - 24:20
(56分)10
○23:30 - 24:20
(50分)
2003.3.31 2004.3.31 ○23:24 - 24:28
(64分)
○23:30 - 24:28
(58分)
2004.4.1 2006.9.29 22:54 - 23:25
(31分)11
23:30 - 23:59
(29分)11

備考

スタジオセット[編集]

この節は、書きかけです。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
  • 1970年代前半以前は不明。
  • 1970年代後半 - 1980年代前半
  • 1980年代前半 - 1987年9月(櫻井よしこが登場以後)
    • キャスター席(通常、櫻井は左、男性キャスターは右に座る)の真ん中にクロマキーが置かれ、クロマキーを囲むように置物などが置かれた。1986年9月までは、夕方のニュース(NNNジャストニュース→NNNきょうのニュース)と共用であった。
  • 1987年10月 - 1990年3月
  • 1990年4月 - 1990年9月
  • 1990年10月 - 1991年9月
  • 1991年10月 - 1992年9月
  • 1992年10月 - 1994年3月
  • 1994年4月 - 2001年9月
    • 部屋に見立てたセット。使用開始当初に放送されていた同局の朝の情報番組「朝一番天気!あさ天」でもそのまま使用していた。キャスター背景は夜景を模した写真(ホリゾント)にカーテン、その間の壁には絵画が設置され、下にテーブル家具が置かれていた。戦車軍艦の模型が置かれていた事もあった。
    • 櫻井時代から井田2年目( - 1998年3月)までは通常、櫻井・井田は右、男性サブキャスターは真ん中、女性サブキャスターは左の順で座っていたが、1998年4月から井田と男性サブキャスターの座る位置が逆になった。
    • 右に座るキャスターの後(櫻井・井田の後右側 → 男性サブキャスター後右側)にWindows95発売前後の1995年頃から小さいテーブルの上にパソコンが置いてあったが何度か交換されている。歴代の全てのパソコンの画面にはこの時期のロゴである12代目の番組のロゴが表示されていた。
    • 2001年頃から「NNN」の小さな看板と地球儀も追加されている。
  • 2001年10月 - 2002年3月
    • テロップのデザイン変更と同時に大幅にセットを一新。ただし、夜景を模した背景の写真(ホリゾント)と左側に設置されているスタジオモニターは前セットから流用している。
  • 2002年4月 - 2003年9月
    • セット自体はそのままなものの、夜景を模した背景の写真(ホリゾント)とテーブルを変更。
  • 2003年10月 - 2004年2月
    • 麹町では最後のセットとなった。
  • 2004年3月 - 2006年9月
    • このセットより汐留に。2004年10月から平日はキャスター席の位置を変更。

使用音楽・タイトルデザイン[編集]

BYR color wheel.svg この項目ではを扱っています。
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※ 提クレ=スポンサー名を表示する、「提供クレジット」の略。

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シリーズ企画[編集]

  • でき心(毎週金曜日のコーナーだったが、2005年11月を以って終了)
  • でき物(不定期の企画)
  • 新ニッポン見聞録(月2回のコーナー)
  • 安全再生(不定期の企画)
  • さんかめ(2005年11月よりスタート。毎週金曜日)
    • 『きょうの出来事』で放送された特集、シリーズ企画は日テレNEWS24の『ウォッチ・ザ・にっぽん列島』の再放送(日テレNEWS24番組表では『ふるさと&特集!』)でも放送されていたが、現在は行われていない。

緊急時・特別編成時の対応[編集]

緊急時
放送時間を10分から20分延長して対応。以降の番組は繰り下げとなる。なお、クロスネット局TOSUMK)への配慮からか放送時間を繰り上げることはあまりない。平日の場合、22時台を「NNN報道特別番組」として放送し、通常通り『きょうの出来事』を放送するパターンが多い。
年末年始
平日は例年12月27日頃まで通常のメンバーで放送。ただし平日は12月20日頃から放送時間が10分程度短縮となる。
以降、0時台または1時台に10分から15分の枠で放送、または『NNNニュース』が代わりに放送される。例年12月31日大晦日)と正月三が日は放送が休止になる[11]
24時間テレビ 「愛は地球を救う」』放送時(土曜日)
かつては『24時間テレビ』放映中の土曜日も通常通り放送し、キャスターはオリジナルチャリTシャツを着て出演していたが、末期は土曜日の放送は休止し、代わりに『NNNニュース』が25時台に5分程度放送された。
その他(オリンピック開催時など)
放送時間短縮、または放送休止(代替として『NNNニュース』の放送)で対応。2006年2月のトリノオリンピック開催時からは、スポーツ枠を合体させた『NNNニュース&スポーツ』が30分(週末は15分)の枠で代わりに放送されるようになった。番組末期、『NNNニュース』は寺島淳司または佐藤良子のどちらかが担当(週末は鷹西美佳)、スポーツは『スポんちゅ』のキャスター(週末は『スポーツうるぐす』の鈴江奈々)が担当する。

ネット局[編集]

最終回にネットされた放送局[編集]

  • 日本テレビ(1954年10月4日放送開始。基幹・制作局
    • 当初は自社鉄塔からの送信の為、北関東地区の中継局設置まで放送地域は南関東周辺のみだった。また、本土復帰前から今も日本テレビ系列局のない沖縄の取材も担当
    • 1996年から2000年9月まではCS★日テレでもサイマル放送されていた。
  • 札幌テレビ(1959年4月1日開局から)
  • 青森放送(1959年10月1日テレビ放送開始から)
  • 秋田放送(1960年4月1日テレビ放送開始から)
  • テレビ岩手(1969年12月1日開局から)
  • 山形放送(1960年3月16日テレビ放送開始から)
  • ミヤギテレビ(1970年10月1日開局から)
  • 福島中央テレビ(1971年10月1日福島テレビとのネット交換により開始)
    • なお、福島テレビは1966年4月から1971年5月までNNNに加盟していたものの、当番組はネットしていなかった(当番組をネットするはずの時間帯による最終便ニュースは、全国ネットではなく自主制作の『FTVニュース』だった。)。
  • 山梨放送(1959年12月20日テレビ放送開始から)
  • テレビ信州(1980年10月1日開局から)
  • テレビ新潟(1981年4月1日開局から)
  • 静岡第一テレビ(1979年7月1日開局から)
  • 中京テレビ(1973年4月1日から)
  • 北日本放送(1959年4月1日テレビ放送開始から)
1980年代半ばまでは、『KNBきょうの出来事 NNN』というタイトルで放送(オープニングタイトルもKNBサイドで差し替え)。
  • テレビ金沢(1990年4月1日開局から)
  • 福井放送(1960年6月テレビ放送開始から)
  • 読売テレビ(1958年8月28日開局から)
  • 日本海テレビ(1959年3月3日開局から)
    • 1972年9月22日からは島根の取材も担当、それまでは鳥取のみ
  • 西日本放送(1958年7月1日テレビ放送開始から)
    • 1983年4月からは岡山の取材も担当、それまでは香川のみ
  • 四国放送(1959年4月1日テレビ放送開始から)
  • 高知放送(1959年4月1日テレビ放送開始から)
  • 南海放送(1958年12月1日テレビ放送開始から)
  • 広島テレビ(1962年9月1日開局から)
  • 山口放送(1959年4月1日テレビ放送開始から)
    • 開局当初は下関放送局とTNCとのサービスエリア重複を考慮して徳山放送局(現:周南放送局)・山口放送局・放送局・岩国放送局向けのみの放送だった。
    • 1964年10月1日(この日より下関放送局でも放映開始)- 1969年3月31日までの福岡地区NNN系列局不在時代は福岡の取材も担当
  • 福岡放送(1969年4月1日開局から)
    • 1990年10月1日から1991年3月31日までの長崎地区NNN系列局不在時代は長崎の取材も担当
  • 長崎国際テレビ(1991年4月1日開局から)
  • くまもと県民テレビ(1982年4月1日開局から)
  • テレビ大分(1970年4月1日開局から)
  • テレビ宮崎(1970年4月1日開局から)
  • 鹿児島読売テレビ(1994年4月1日開局から)

クロスネット局テレビ大分(TOS)とテレビ宮崎(UMK)では、フジテレビ系列(FNNFNS)のネット受け該当日(TOSは火曜日、木曜日、金曜日、UMKは火曜日-木曜日、土曜日(一部除く))に日本テレビが野球中継を放送して延長オプションが行使された場合、時間調整のフィラーとして『巨人戦ハイライト』が放送された。フジテレビの野球中継が放映され、延長が行使された場合はそれぞれの局で日本テレビ配給のネットワーク受けの素材を録画して放送した(『スポんちゅ(大スポんちゅ含む)』、『SPORTS うるぐす』も基本的には同じ)。

過去に放送された局[編集]

  • 名古屋テレビ(1962年4月1日開局から1973年3月31日まで)
    • 中京テレビとのダブルクロスネット時代も放送
  • テレビ西日本(1958年8月28日開局から1964年9月30日まで)
    • 系列変更(日本テレビ→フジテレビ)による打ち切り。福岡県では福岡放送が開局するまで4年半のネット空白地域だった
  • 仙台放送(1962年10月1日開局から1970年9月30日まで)
    • 宮城テレビ(現:ミヤギテレビ)に移行
  • 新潟総合テレビ(1968年12月16日開局から1981年3月31日まで)
    • テレビ新潟に移行
  • 静岡県民放送(静岡けんみんテレビ)(現:静岡朝日テレビ)
    • 1978年7月1日開局から1979年6月30日まで。静岡第一テレビに移行
  • テレビ長崎(1969年4月1日開局から1990年9月30日まで)
    • 長崎県では長崎国際テレビが開局するまで半年間ネット空白地域だった
  • テレビ熊本(1969年4月1日開局から1982年3月31日まで)
    • くまもと県民テレビに移行
  • 鹿児島テレビ(1969年4月1日開局から1994年3月31日まで)
    • 鹿児島読売テレビに移行

備考[編集]

沖縄県では『きょうの出来事』初期に開局した、沖縄テレビ(FNN)・琉球放送(JNN)のいずれの局でも、ネットニュースはそれぞれのキー局を放送、または『NHKニュース』を放送していた時期があり、NNNのネットニュースは放送されておらず、『きょうの出来事』は1日も流れていない[12]

1989年1月7日1月8日昭和天皇崩御のため、報道特番をネットしたNNSオブザーバー局(テレビ神奈川(TVK)、テレビ埼玉(TVS)、千葉テレビ放送(CTC)、群馬テレビ(GTV))でも臨時にきょうの出来事をネットした(『ニュースプラス1』も同様)。

スタッフ[編集]

  • プロデューサー:松井昌治(1996年 - 2006年)
  • チーフプロデューサー:高見俊彰→山田克也

脚注・出典[編集]

  1. 主に番組の公式ウェブサイト(現在は閉鎖)のアドレス(「www.ntv.co.jp/kyodeki/」)で使用された。
  2. 05/08/29 開局記念日にあたって…久保社長からメッセージ(動画) - ファイル直接リンク音量注意
  3. 3.0 3.1 新聞のラ・テ欄では旧字体の「」を表記することができないため、新字体の「」で表記された。(→番組表#番組表内の文字表記を参照)
  4. 実際に終了したのは、鹿児島県の系列局が鹿児島テレビから鹿児島読売テレビに変わった4月1日放送分。ただし、同日は30分枠の金曜日であり、厳密な意味での「平日版」としては3月31日(木曜日)が最後となったため、この日にアナウンスしたものと思われる。
  5. しかし後に再びストレートニュース方式に戻されている。
  6. 1994年4月から2002年3月迄は、月曜から木曜は約1分弱ニュースを伝えた後ローカル天気を放送して番組終了、金曜日は全国の天気予報とローカル天気を放送した後最後にニュースを1本伝えてから番組終了の形を取っていた。又、天気予報のBGMは月曜から木曜は当時のエンディングテーマ、金曜のみオリジナルBGMが流れていた。
  7. 1994年以前は番組の最後に全国の明日の天気予報を放送し、予報だけ表示して番組終了していた。
  8. 週末メインを担当していた期間も含めると13年半にわたり番組を担当したことになる。
  9. 週末は『NNNニュース』が後継番組になる。
  10. 外部リンク参照
  11. 12月31日は年越し番組放送のため、夜のニュースの放送は休止となる。但し、全民放ゆく年くる年が放送されていた1988年までは、大晦日も放送されていた(23:30 - 23:45)
  12. ただし、全国放送のCS☆日テレで視聴する事ができた

関連項目[編集]

テンプレート:Wikinews

外部リンク[編集]

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