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{{博物館
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[[ファイル:徳川美術館.jpg|thumb|徳川美術館]]
|名称 = 徳川美術館
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'''徳川美術館'''(とくがわびじゅつかん)は、[[愛知県]][[名古屋市]][[東区 (名古屋市)|東区]]徳川町の[[徳川園]]内にある、[[徳川黎明会|公益財団法人 徳川黎明会]]が運営する私立[[美術館]]。[[1935年]]に開設された。おもな収蔵品は、[[尾張徳川家]]伝来の大名道具や、他の大名家の売立てでの購入品、名古屋の豪商らからの寄贈品などで、2018年現在、国宝9件、重要文化財59件を含む1万点余りを収蔵している。2014年に[[#セクハラ事件|管理部長によるセクハラ事件]]が公になり、黎明会の「前近代的な対応」が物議をかもした。
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|建物設計 = 吉本与志雄<ref>{{Cite web |author= 愛知県 |year= 2011 |title= 文化財ナビ愛知 > 徳川美術館本館・南収蔵庫 |date= |url= http://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/bunkazainavi/yukei/kenzoubutu/kunitouroku/1022-1023.html |publisher= 愛知県 |accessdate= 2016-09-29 |ref= harv}}</ref>
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[[File:Genji emaki TAKEKAWA.jpg|竹河二|thumb|right|300px|源氏物語絵巻 竹河二]]
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'''徳川美術館'''(とくがわびじゅつかん)は、[[愛知県]][[名古屋市]][[東区 (名古屋市)|東区]]徳川町の[[徳川園]]内にある、[[徳川黎明会|公益財団法人 徳川黎明会]]が運営する私立[[美術館]]。[[1935年]]に開設された。収蔵品は[[駿府御分物]]([[徳川家康]]の遺品)など[[尾張徳川家]]伝来の大名道具や他の大名家の売立てでの購入品、名古屋の豪商らからの寄贈品など。2016年現在で、国宝9件、重要文化財59件を収蔵する。国宝・[[源氏物語絵巻]]のほか、[[西行物語絵巻]]、[[豊国祭図屏風]]、「[[徳川美術館#初音の調度|初音の調度]]」などの所蔵品で知られる。
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== 沿革 ==
 
== 沿革 ==
=== 前史・尾張徳川家の什宝 ===
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=== 構想 ===
1910(明治43)年は「名古屋開府300年」にあたり、祝賀行事の一環として、尾張徳川家は同年4月9日から3日間、名古屋で、初代・[[徳川義直|義直]]ゆかりの品を中心とした什器の展覧会を開催し{{Sfn|香山|2014|pp=3-6}}、また同年3月-6月に名古屋市門前町の[[愛知県商品陳列館]]で開催された新古美術展覧会に書画や器物を出品した{{Sfn|香山|2014|pp=7-8}}。それ以降、尾張徳川家の什宝は『[[国華]]』誌でたびたび取り上げられるようになった{{Sfn|香山|2014|p=16}}。
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1910年(明治43年)は「名古屋開府300年」にあたり、祝賀行事の一環として、尾張徳川家は同年4月9日から3日間、名古屋で、初代・[[徳川義直|義直]]ゆかりの品を中心とした什器の展覧会を開催し、また同年3月-6月に名古屋市門前町の[[愛知県商品陳列館]]で開催された新古美術展覧会に書画や器物を出品した。それ以降、尾張徳川家の什宝は『[[国華]]』誌でたびたび取り上げられるようになった。<ref>香山(2014)pp.3-6,7-8,16</ref>
  
1912(明治45)年4月には、東京帝国大学・京都帝国大学の文科大学の教授・講師が名古屋・大曽根邸を訪問して什宝を観覧、同行した[[国華]]社が什宝の写真を撮影し{{Sfn|香山|2014|p=15}}、同年5月18日に東京帝国大学文科大学の集会所でこの写真の展示会が行なわれ、反響を呼んだ{{Sfn|香山|2014|p=15}}。
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1912年4月には、東京帝国大学・京都帝国大学の文科大学の教授・講師が名古屋・大曽根邸を訪問して什宝を観覧、同行した[[国華]]社が什宝の写真を撮影し、同年5月18日に東京帝国大学文科大学の集会所でこの写真の展示会が行なわれ、反響を呼んだ。また1915年5月29日には、東京帝国大学の[[東京大学の建造物#本部・共同利用施設|山上御殿]]で源氏物語絵巻3巻など尾張徳川家所蔵の絵巻物6点の展覧が行なわれ、約700人が観覧に訪れた。<ref>香山(2015)p.28、香山(2014)pp.15,20</ref>
  
また1915年5月29日には、東京帝国大学の[[東京大学の建造物#本部・共同利用施設|山上御殿]]で源氏物語絵巻3巻など尾張徳川家所蔵の絵巻物6点の展覧が行なわれ、約700人が観覧に訪れた{{Sfn|香山|2015|p=28}}{{Sfn|香山|2014|p=20}}
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什宝の展覧会がたびたび話題を呼んだことで、尾張徳川家第19代当主・[[徳川義親|義親]]は、什宝の保存や公開の必要性を感じるようになり、美術館の設立を構想したとみられている<ref>香山(2014)p.20</ref>。
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=== 設立準備 ===
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1910年代後半に尾張徳川家は拠点を名古屋から東京に移して、名古屋の土地家屋を処分、拠点・事業の整理・縮小を進め、名古屋における同家の拠点は大曽根の別邸に集約されることになった。同家[[尾張徳川家#御相談人|御相談人]]の[[片桐助作 (1851年生)|片桐助作]]は、1910年から1915年にかけて未鑑定品を中心に同家の什宝の整理を進めた<ref>香山(2015)pp.27-28,31-32、香山(2014)p.11</ref>
  
こうして什宝の展覧会がたびたび話題を呼んだことで、尾張徳川家第19代当主・[[徳川義親|義親]]は、什宝の保存や公開の必要性を感じるようになり、美術館の設立を構想したとみられている{{Sfn|香山|2014|p=20}}
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1920年1月12日に義親は新聞を通じて大曽根邸の敷地に尾張徳川家の宝物を公開する博物館を設立する構想を発表<ref>香山(2015)pp.28,32-33。香山(2014,p.2)は、1919年(大正8年)に美術館建設計画を発表した、としている。</ref>。予算は50-100万円で、収蔵点数は約1万点、刀剣が多いと見積もられていた<ref>香山(2015)pp.32-33</ref>。1921年には、片桐の整理の結果を基に、重複品・不要品とされた什宝(全体の10-15%)が[[競売]]に出され、売上総額約57万円は博物館の設立準備金として運用された<ref>香山(2015)pp.28,32-36</ref>
  
1910年代後半に尾張徳川家は拠点を名古屋から東京に移して、名古屋の土地家屋を処分、拠点・事業の整理・縮小を進め、名古屋における同家の拠点は大曽根の別邸に集約されることになった{{Sfn|香山|2015|pp=27-28,31-32}}。同家[[尾張徳川家#御相談人|御相談人]]の[[片桐助作 (1851年生)|片桐助作]]は、1910年から1915年にかけて未鑑定品を中心に同家の什宝の整理を進めた{{Sfn|香山|2014|p=11}}
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=== 開設 ===
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1929年に[[鈴木信吉]]が尾張徳川家の家令となると、博物館構想は急速に具体化し<ref>香山(2016)p.104</ref>、1931年12月、[[財団法人]][[徳川黎明会|尾張徳川黎明会]]が設立され、尾張徳川家伝来の什宝・書籍類のほとんどが同財団に寄付された<ref>小田部(1988)pp.18,46-47、林政研(2013)</ref>。1932年9月には大曽根で美術館建設が着工した<ref>香山(2016)p.121</ref>
  
1920年1月12日に義親は新聞を通じて大曽根邸の敷地に尾張徳川家の宝物を公開する博物館を設立する構想を発表{{Sfn|香山|2015|pp=28,32-33}}<ref>{{Harvtxt|香山|2014|p=2}}では、1919(大正8)年に美術館建設計画を発表した、としている。</ref>。予算は50-100万円で、収蔵点数は約1万点、刀剣が多いと見積もられていた{{Sfn|香山|2015|p=32-33}}。1921年には、片桐の整理の結果を基に、重複品・不要品とされた什宝(全体の10-15%)が[[競売]]に出され、売上総額約57万円は博物館の設立準備金として運用された{{Sfn|香山|2015|pp=28,32-36}}
+
義親は、1933年に、[[蜂須賀正氏]]の「[[豊国祭礼図屏風]]」、[[紀伊徳川家]]の[[徳川頼貞]]の「[[加藤清正|清正]]公兜」など、他の華族が経済的に逼迫して競売に出した家宝を落札、1935年には[[近衛文麿]]から「[[侍中群要]]」を交換で入手するなどして、開館準備を進めた<ref>小田部(1988)pp.47-49</ref>。また義親は、源氏物語絵巻の一般公開に際して、長年絵巻の開巻を繰り返したことにより劣化が進んでいたため、[[田中親美]]に絵巻を切断させた<ref>小田部(1988)p.30 - 義親の日記による。当初周囲の猛反対にあって切断が実行されるまでに3年を要したとされる(同)。</ref>
  
=== 美術館の開設 ===
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[[1935年]]に美術館の建物が竣工し、同年[[11月10日]]に美術館は一般公開を開始した<ref>香山(2014)p.1、林政研(2013)、愛知県(2011)、小田部(1988)p.29</ref>
1929年に[[鈴木信吉]]が尾張徳川家の家令となると、博物館構想は急速に具体化し{{Sfn|香山|2016|p=104}}、1931年12月、[[財団法人]][[徳川黎明会|尾張徳川黎明会]]が設立され、尾張徳川家伝来の什宝・書籍類のほとんどが同財団に寄付された{{Sfn|小田部|1988|pp=18,46-47}}{{Sfn|林政研|2013}}。1932年9月には大曽根で美術館建設が着工した{{Sfn|香山|2016|p=121}}
+
  
義親は、1933年に、[[蜂須賀正氏]]の「[[豊国祭礼図屏風]]」、[[紀伊徳川家]]の[[徳川頼貞]]の「[[加藤清正|清正]]公兜」など、他の華族が経済的に逼迫して競売に出した家宝を落札、1935年には[[近衛文麿]]から「[[侍中群要]]」を交換で入手するなどして、開館準備を進めた{{Sfn|小田部|1988|pp=47-49}}。また義親は、源氏物語絵巻の一般公開に際して、長年絵巻の開巻を繰り返したことにより劣化が進んでいたため、[[田中親美]]に絵巻を切断させた<ref>{{Harvtxt|小田部|1988|p=30}}、義親の日記による。当初周囲の猛反対にあって切断が実行されるまでに3年を要したとされる(同)。</ref>。
 
 
[[1935年]]に美術館の建物が竣工し、同年[[11月10日]]に一般公開を開始{{Sfn|香山|2014|p=1}}{{Sfn|林政研|2013}}{{Sfn|愛知県|2011}}{{Sfn|小田部|1988|p=29}}<ref>なお、文献資料約10万冊は1932年に[[東京府]][[高田町]][[雑司ヶ谷]]に設置された[[蓬左文庫]]で保存・一般公開され、うち約6.4万冊は1950年に[[名古屋市]]に譲渡されて、2013年現在、{{要出典範囲|date=2016年9月|徳川美術館に隣接する}}[[名古屋市博物館]]分館となった蓬左文庫で保存・公開されている{{Harv|林政研|2013}}。藩政に関する文献資料は、別途、1950年に蓬左文庫から分離独立した[[徳川林政史研究所]]で保存・研究・公開されている(同)。同研究所は財団法人徳川黎明会の本部と同じ[[東京都]][[豊島区]][[目白]]に置かれている(同)。</ref>。
 
 
=== その後の沿革 ===
 
{{節スタブ|date=2016年11月}}
 
 
== 建物 ==
 
== 建物 ==
徳川美術館本館と南収蔵庫の建物は、[[吉本与志雄]]の設計により1935年に竣工した[[帝冠様式]](和風の屋根や外観をもった洋式建築)のデザインの建物で、造形の規範となっているものとしてそれ自体が[[1997年]]6月12日に国の[[登録有形文化財]](建造物)に登録されている<ref>{{Cite web |author= [[文化庁]] |year= 2016 |title= 国指定文化財等データベース > 徳川美術館本館 |url= http://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails.asp?register_id=101&item_id=00000212 |publisher= 文化庁 |accessdate=2016-09-30 |ref= harv }}</ref>{{Sfn|愛知県|2011}}
+
徳川美術館本館と南収蔵庫の建物は、[[吉本与志雄]]の設計により1935年に竣工した[[帝冠様式]](和風の屋根や外観をもった洋式建築)のデザインの建物で、造形の規範となっているものとしてそれ自体が[[1997年]]6月12日に国の[[登録有形文化財]](建造物)に登録されている<ref>[http://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails.asp?register_id=101&item_id=00000212 国指定文化財等データベース > 徳川美術館本館](文化庁、2016年)、愛知県(2011)</ref>。
  
 
== 主な収蔵品 ==
 
== 主な収蔵品 ==
収蔵品は[[駿府御分物]]([[徳川家康]]の遺品)など[[尾張徳川家]]伝来の大名道具や徳川将軍家や一橋徳川家、蜂須賀家など他の大名家の売立てでの購入品、名古屋の豪商であった岡谷家や大脇家、高松家をはじめとする篤志家らからの寄贈品など。2016年現在で、[[国宝]]9件、[[重要文化財]]59件、{{要出典|date=2016年11月|[[重要美術品]]46件}}を収蔵し<ref>[http://www.tokugawa-art-museum.jp/about/treasures/ 「代表的収蔵品」](美術館公式サイト)、2016年11月5日閲覧</ref><ref>2000年時点では、国宝9点、重要文化財52点を収蔵{{Harv|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}</ref><ref>1988年時点では、国宝8点、重要文化財50点、重要美術品37点を収蔵{{Harv|小田部|1988|pp=29-30}}</ref>、{{要出典|date=2016年11月|総収蔵点数は、1万数千件にのぼる}}。国宝・[[源氏物語絵巻]]のほか、[[西行物語絵巻]]、[[豊国祭図屏風]]、「初音の調度」などの所蔵品で知られる{{Sfn|小田部|1988|pp=29-30}}。
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主な収蔵品は、
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*[[駿府御分物]]([[徳川家康]]の遺品)など[[尾張徳川家]]伝来の大名道具
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*徳川将軍家や一橋徳川家、蜂須賀家など他の大名家の売立てでの購入品
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*名古屋の豪商であった岡谷家や大脇家、高松家をはじめとする篤志家らからの寄贈品
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などで、国宝・[[源氏物語絵巻]]のほか、[[西行物語絵巻]][[豊国祭図屏風]]、「初音の調度」などの所蔵品で知られる。<ref>小田部(1988)pp.29-30</ref>
  
なお、本美術館所蔵の国宝・重要文化財の所有者は公益財団法人 徳川黎明会(法人所在地は東京都豊島区)とされているため、統計上は美術館所在地の愛知県ではなく、法人所在地の東京都の文化財としてカウントされており、美術館の建物は名古屋市の文化財としてカウントされている<ref>{{Cite web|author= 名古屋市 |year= 2010 |url= http://www.city.nagoya.jp/kurashi/category/11-2-2-2-0-0-0-0-0-0.html |title= 指定文化財等目録一覧 |publisher= 名古屋市 |accessdate= 2016-11-01 |ref=harv}}</ref>
+
収蔵点数は、2018年現在、[[国宝]]9件、[[重要文化財]]59件を含む1万件余り<ref>[http://www.tokugawa-art-museum.jp/about/treasures/ 徳川美術館 > おもな収蔵品]</ref>。
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*2000年当時は、国宝9点、重要文化財52点<ref>毎日新聞社(2000)pp.92-93</ref>
 +
*1988年時点は、国宝8点、重要文化財50点、重要美術品37点<ref>小田部(1988)pp.29-30</ref>
 +
を収蔵していた。
  
=== 垂迹画 ===
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なお、徳川美術館所蔵の国宝・重要文化財の所有者は、公益財団法人 徳川黎明会(法人所在地は東京都豊島区)とされているため、統計上は美術館所在地の愛知県ではなく、法人所在地の東京都の文化財としてカウントされており、美術館の建物は名古屋市の登録文化財としてカウントされている<ref>[http://www.city.nagoya.jp/kurashi/category/11-2-2-2-0-0-0-0-0-0.html 指定文化財等目録一覧] 名古屋市、2010年</ref>。
* [[石清水八幡宮]]縁起絵(伝大山崎離宮八幡利益図)絹本著色 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
  
=== 大和絵・絵巻 ===
+
=== 収蔵品の一覧を閲覧できる外部サイト ===
* はいすみ物語絵巻 紙本著色 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
*[http://www.tokugawa-art-museum.jp/about/treasures/ 徳川美術館 > おもな収蔵品]
* はつきの物語絵巻 紙本著色 12面(絵6面詞6面) 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
*[http://bunka.nii.ac.jp/heritages/search/prefecture_cd:-1/city_code:-1/museum:%E8%B2%A1%E5%9B%A3%E6%B3%95%E4%BA%BA%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E9%BB%8E%E6%98%8E%E4%BC%9A%20%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8/pageindex:20 文化遺産オンライン > 財団法人徳川黎明会 徳川美術館の検索結果]
* [[西行]]物語絵巻 紙本著色 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 天皇摂関影図 紙本著色 2巻 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 破来頓等絵巻 紙本著色 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}<ref>{{文化遺産オンライン|85783|破来頓等絵巻}} 2016年11月7日閲覧。</ref>
+
==== 源氏物語絵巻 ====
+
* 紙本著色[[源氏物語絵巻]] 43面(絵15面、詞28面) 国宝{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
<gallery>
+
File:Genji emaki Yomogiu.JPG|蓬生
+
File:Genji emaki Kashiwagi.JPG|柏木二
+
File:Genji emaki YOKOBUE.jpg|横笛
+
File:Genji emaki HASHIHIME.jpg|橋姫
+
File:Genji emaki SAWARABI.jpg|早蕨
+
File:Genji emaki YADORIGI 2.JPG|宿木二
+
File:Genji emaki Yadorigi.JPG|宿木三
+
File:Genji emaki YOKOBUE Ms.JPG|横笛 詞書
+
</gallery>
+
* [[源氏物語]]絵([[浮舟 (源氏物語)|浮舟]]・[[蜻蛉 (源氏物語)|蜻蛉]]巻残巻)紙本白描 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
  
=== 水墨画 ===
+
== 常設展 ==
* [[寒山]][[拾得]]図 紙本墨画 松谿筆 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
常設展示室には、藩主の公的生活の場であった、[[名古屋城]]二の丸御殿の一部を時代考証に基づいて復元してある。こうした展示方法により、道具類(現代の言葉でいう「美術品」「文化財」)が、床の間、茶室、能舞台といった実際の場面で、どのように飾られ、使われたのかが理解できるように工夫されている。(出典?)
  
=== 近世絵画 ===
+
== 企画展・展覧会 ==
[[File:Honda Heihachiro and Senhime.png|thumb|250px|風俗図屏風(伝・本多平八郎姿絵、部分図)重要文化財]]
+
{{節スタブ|date=2016年11月}}
* 四季草花図(百花百草図) [[田中訥言]](とつげん)筆 紙本金地著色 六曲屏風一双 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 風俗図 (伝[[本多忠刻|本多平八郎]]姿絵) 紙本金地著色 二曲屏風一隻 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 豊国祭礼図 伝[[岩佐又兵衛]]筆 紙本金地著色 六曲屏風一双 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 遊楽図(相応寺屏風) 紙本金地著色 八曲屏風一双 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* [[歌舞伎]]草紙(歌舞伎図巻) 紙本著色 2巻 重要文化財<ref>平成16年6月8日文部科学省告示第111号</ref>
+
* [[徳川家康三方ヶ原戦役画像]]
+
  
=== 渡来画 ===
+
== セクハラ事件 ==
* 柳燕図 絹本墨画 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
2014年6月に、徳川美術館の女性職員2人が、[[徳川黎明会]]から派遣されてきた大手都市銀行OBの男性管理部長による[[セクハラ]]・[[パワハラ]]が放置されているとして、[[名古屋地裁]]に対し、黎明会の使用者責任を問い、計400万円の損害賠償金の支払いを求め、労働審判を申し立てた<ref>『中日新聞』2014年6月12日、『東京新聞』2014年6月12日</ref>。
* 竜図 絹本墨画 陳容筆 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 遠浦帰帆図 紙本墨画 玉澗筆 自賛がある 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 布袋図(1幅)・ 朝陽対月図(2幅) 紙本墨画(布袋図は伝・胡直夫筆、偃渓広聞賛。朝陽対月図は無住子筆、元貞元年の自賛) 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
  
=== 刀剣 ===
+
申し立てによると、管理部長は2013年1月から2014年5月までの間、2人に対し、肩や手を触ったり、ホテルや旅行に誘うなどした。また、ボーナス査定時に「パワハラ、セクハラに付き合えば10万円アップ」と発言。「ジャズクラブに行こう」などと誘い、断られると「業務命令だ。出世に関与する」と威圧するなどした。美術館の女性職員15人のうち、2人を含む6人が管理部長のセクハラを証言する陳述書を提出した。<ref>『中日新聞』2014年6月12日、『東京新聞』2014年6月12日</ref>
==== 山城国 ====
+
* 太刀 菊御作 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 太刀 銘[[粟田口国綱|国綱]] 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 短刀 銘[[粟田口吉光|吉光]](名物後藤藤四郎) 国宝{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}<ref>{{文化遺産オンライン|197480|短刀 銘吉光}}<!--国宝指定:19540320--></ref>
+
* 太刀 銘[[来派#国行|国行]] 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 太刀 銘[[来派#来国光|来国光]] 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 太刀 銘[[来派#来国俊|来国俊]] 正和二二年十月廿三日□□歳七十五 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 太刀 銘来孫太郎作(花押)正応五□辰八月十三日以下不明 国宝{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}<ref>{{文化遺産オンライン|150021|太刀 銘来孫太郎作}}<!--国宝指定:19540320--></ref>
+
  
==== 備前国 ====
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更に、女性からハラスメントについて相談を受けた[[四辻秀紀]]副館長兼学芸部長が管理部長を注意したところ、管理部長は行為を否定、逆に、管理部長を注意した四辻副館長が、黎明会の専務理事から叱責を受け、更に黎明会(会長・[[徳川義崇]])から、ハラスメントを訴えた女性とともに退職勧奨を受け、副館長職を解任された。<ref>『中日新聞』2014年6月12日・同年10月29日、『東京新聞』2014年6月12日</ref>
* 太刀 銘[[光忠]] 国宝{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}<ref>{{文化遺産オンライン|159365|太刀 銘光忠}}<!--国宝指定:19540320--></ref>
+
* 太刀 銘光忠 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 太刀 銘[[長光]](名物遠江長光) 国宝{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}<ref>{{文化遺産オンライン|188976|太刀 銘長光}}<!--国宝指定:19540320--></ref>
+
* 太刀 銘国宗 国宝{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}<ref>{{文化遺産オンライン|178062|太刀 銘国宗}}<!--国宝指定:19540320--></ref>
+
* 太刀 銘[[正恒]] 国宝{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}<ref>{{文化遺産オンライン|125634|太刀 銘正恒}} <!--国宝指定:19540320--></ref>
+
* 太刀 銘備前国長船[[長光]]造 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 太刀 銘備州[[備前長船兼光|長船住兼光]] 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 太刀 銘備前国長船住[[守家]] 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 刀 銘本作長義天正十八年庚寅五月三日ニ九州日向住国広 銘打長尾新五郎平朝臣顕長所持云々 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
*刀 無銘一文字(名物南泉一文字) 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
*刀 無銘助真 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
  
==== 相模国 ====
+
これを受けて、同年7月、徳川美術館の職員有志(学芸員一同)が、インターネット上で、退職勧奨の取消しを求める署名活動を展開し、署名を徳川義崇・黎明会会長に提出<ref>『中日新聞』2014年10月29日、[https://www.change.org/p/%E5%85%AC%E7%9B%8A%E8%B2%A1%E5%9B%A3%E6%B3%95%E4%BA%BA-%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E9%BB%8E%E6%98%8E%E4%BC%9A-%E4%BC%9A%E9%95%B7-%E5%BE%B3%E5%B7%9D-%E7%BE%A9%E5%B4%87-%E6%A7%98-%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8-%E5%9B%9B%E8%BE%BB%E7%A7%80%E7%B4%80%E6%B0%8F-%E5%A4%A7%E7%94%B0%E6%99%BA%E6%81%B5%E6%B0%8F%E3%81%B8%E3%81%AE%E9%80%80%E8%81%B7%E5%8B%A7%E5%A5%A8%E3%81%AE%E5%8F%96%E3%82%8A%E6%B6%88%E3%81%97%E3%82%92%E6%B1%82%E3%82%81%E3%81%BE%E3%81%99 徳川美術館 四辻秀紀氏・大田智恵氏への退職勧奨の取り消しを求めます。] 徳川美術館学芸員一同</ref>
* 短刀 無銘[[正宗]](名物庖丁正宗) 国宝{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}<ref>{{文化遺産オンライン|192663|短刀無銘正宗}}<!--国宝指定:19540320--></ref>
+
* 短刀 無銘伝[[正宗]](名物一庵正宗) 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 短刀 銘正宗(名物不動正宗) 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 刀 金象嵌銘正宗磨上 本阿弥花押(名物池田正宗) 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 刀 無銘正宗 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 短刀 無銘[[貞宗]](名物物吉貞宗) 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
  
==== その他の刀剣 ====
+
黎明会はホームページに反論を掲載した<ref>『中日新聞』2014年10月29日</ref>。
* 刀 折返銘備中国住次直 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 刀 無銘[[郷義弘|義弘]](名物五月雨江) 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
  
=== 陶磁器 ===
+
同年9月29日に、美術館の職員有志は、退職勧奨が取り下げられず、更に黎明会が労使合意なく賃金等の労働条件改定を強行しようとした、として、労働組合を結成した<ref>『中日新聞』2014年10月29日、[https://www.change.org/p/%E5%85%AC%E7%9B%8A%E8%B2%A1%E5%9B%A3%E6%B3%95%E4%BA%BA-%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E9%BB%8E%E6%98%8E%E4%BC%9A-%E4%BC%9A%E9%95%B7-%E5%BE%B3%E5%B7%9D-%E7%BE%A9%E5%B4%87-%E6%A7%98-%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8-%E5%9B%9B%E8%BE%BB%E7%A7%80%E7%B4%80%E6%B0%8F-%E5%A4%A7%E7%94%B0%E6%99%BA%E6%81%B5%E6%B0%8F%E3%81%B8%E3%81%AE%E9%80%80%E8%81%B7%E5%8B%A7%E5%A5%A8%E3%81%AE%E5%8F%96%E3%82%8A%E6%B6%88%E3%81%97%E3%82%92%E6%B1%82%E3%82%81%E3%81%BE%E3%81%99/u/8713081?tk=z23ohfSYzXzKlOf3Sq3VjolE3bssy8c7UR7zmHFz3jU&utm_source=petition_update&utm_medium=email&utm_campaign=petition_update_email ご報告] 徳川美術館 学芸員一同、2014年11月13日</ref>
* [[織部焼|黒織部]]茶碗(冬枯) 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
{{Quotation|財団にはこれまでにも再三訴えて参りましたが、このような'''前近代的'''かつ恣意的な措置がとられる組織において、職制を通じた申し入れなど全く意味をなさないため、これからは退職勧奨問題・ハラスメント問題など、全て組合が対応いたします。||徳川美術館 学芸員一同}}
* 水指(青海)[[備前焼|備前]] 重要文化財<ref>平成13年6月22日文部科学省告示第109号</ref>
+
* [[天目茶碗|白天目]]茶碗 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 唐物茶壷(松花) 重要文化財<ref>平成17年6月9日文部科学省告示第87号</ref>
+
  
=== 染織 ===
+
同年10月28日に名古屋地裁の労働審判で調停が成立し、黎明会は事実上ハラスメントと受け取られる行為があったことを認め、女性職員側は損害賠償の請求を放棄した<ref>『中日新聞』1914年10月29日</ref>。
* 白地葵紋紫腰替辻が花染小袖 重要文化財<ref>平成15年5月29日文部科学省告示第104号</ref>
+
* 辻が花染小袖(槍梅葵紋散小袖 1領、地紙形散葵紋小袖 1領、楓文散葵紋小袖 2領、雪持笹文散小袖 1領) 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 紫地葵紋付葵葉文様辻が花染羽織・浅葱地葵紋散文様辻が花染小袖 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 刺繍阿弥陀三尊来迎図 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
 
+
=== 書跡典籍 ===
+
* 紫紙金字[[金光明最勝王経]] 巻第六 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* [[法華経]] [[懐良親王]]筆 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 法華経普門品(装飾経) 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 西塔院勧学講法則(金銀泥下絵料紙) 重要文化財<ref>平成23年6月27日文部科学省告示第103号</ref>
+
* 重之集 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* 斎宮女御集(唐紙)1帖 重要文化財<ref>平成22年6月29日文部科学省告示第100号</ref>
+
* [[藤原公経]]筆懐紙(詠花有歓色和歌) 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* [[伏見天皇]][[宸翰]]和歌集 六曲屏風貼付(百二十首) 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* [[藤原定家]]自筆書状 九月廿二日 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* [[安元御賀日記]] 重要文化財<ref>平成17年6月9日文部科学省告示第87号</ref>
+
* [[虚堂智愚]][[禅林墨跡|墨蹟]] 偈語 宝祐甲寅秋 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
* [[禅林墨跡#古林清茂|古林清茂]]墨蹟 与月林道皎偈 泰定四年九月 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
 
+
=== その他工芸品 ===
+
* 長生殿蒔絵手箱 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
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* 朱漆七宝繋沈金花鳥漆絵御供飯(うくふぁん)(琉球漆器) 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
 
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==== 日本最古の望遠鏡 ====
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{{要出典範囲|date=2016年9月|[[ネーデルラント連邦共和国|オランダ]]より伝来した[[徳川義直]]の[[望遠鏡]]は、現存する日本最古の望遠鏡である。17世紀の望遠鏡は、世界でも希少価値が高い。}}
+
 
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==== 婚礼調度類 ====
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3代将軍[[徳川家光]]の長女[[霊仙院|千代姫]](当時2歳)が、尾張家2代藩主[[徳川光友]]に嫁いだ際の婚礼調度類{{Sfn|小田部|1988|pp=29-30}}。{{要出典範囲|date=2016年9月|『[[源氏物語]]』の「[[初音 (源氏物語)|初音]]」「[[胡蝶 (源氏物語)|胡蝶]]」の巻にちなんだ蒔絵を施した、棚、化粧道具、文房具、香道具などの一揃いである。[[室町時代]]以来、代々[[皇室]]、[[征夷大将軍|将軍]]、大名などの調度を手がけてきた[[蒔絵]]師・幸阿弥家の10代長重が[[寛永]]14年([[1637年]])から3年をかけて制作したものであることが知られ、当代最高の蒔絵師が、あらゆる技法を駆使して制作した名品である。}}
+
* 婚礼調度類(徳川光友夫人千代姫所用) 国宝{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
** 初音蒔絵調度 47種
+
** 胡蝶蒔絵調度 10種
+
** 蒔絵香箱 5合
+
** 蒔絵伽羅割道具 一対
+
** 長持 2棹
+
** 長袴 2腰
+
** 長刀 中身共 一対
+
** 糸巻太刀 中身、袋共 1口
+
** 脇指拵 1口
+
** (以下、附指定)
+
** 油箪 2枚
+
** 文箱袋 11口
+
** 詰物 4本
+
** 霊仙院道具目録 1巻
+
** 建中寺霊仙院道具目録 3冊
+
* 金銀調度類 34種 重要文化財{{Sfn|毎日新聞社|2000|p=要ページ番号}}
+
 
+
<div class="NavFrame" style="width:100%;">
+
<div class="NavHead" style="padding:1.5px; line-height:1.7; letter-spacing:1px;"> 「婚礼調度類」「金銀調度類」の明細</div>
+
<div class="NavContent" style="text-align:left;">
+
 
+
; 婚礼調度類
+
<small>出典:『初音の調度 徳川美術館蔵品抄3』徳川美術館、1985</small>
+
* 初音蒔絵調度 47種
+
** 厨子棚
+
** 黒棚
+
** 書棚
+
** 書棚
+
** 貝桶 一対
+
** 十二手箱
+
** 大角赤手箱(おおすみあかてばこ)
+
** 小角赤手箱
+
** 昆布箱
+
** 昆布箱
+
** 楊枝箱
+
** 渡金箱(わたしがねばこ)
+
** 歯黒箱
+
** 鏡台
+
** 小櫛箱
+
** 小櫛箱
+
** 櫛箱
+
** 旅櫛箱
+
** 眉作箱
+
** 旅眉作箱
+
** 乱箱
+
** 乱箱
+
** 湯桶・盥(ゆとう・たらい)
+
** 耳盥・輪台(わだい)
+
** 耳盥・輪台
+
** 沈箱(じんばこ)
+
** 薫物壺(たきものつぼ)・薫物台
+
** 香盆
+
** 旅香具箱
+
** 文台・硯箱
+
** 文台・硯箱
+
** 硯箱
+
** 短冊箱
+
** 色紙箱
+
** 文箱(ふばこ)
+
** 長文箱
+
** 料紙箱
+
** 見台(けんだい)
+
** 見台
+
** 机
+
** 机
+
** 刀掛
+
** 寄掛
+
** 枕(祝之枕)一対
+
** 枕香炉(匂枕)
+
** 帯箱
+
** 衣桁
+
 
+
* 胡蝶蒔絵調度 10種
+
** 書棚
+
** 手箱
+
** 長文箱
+
** 掛硯箱
+
** 机
+
** 将棋盤・駒箱
+
** 碁盤・碁笥
+
** 枕香炉(匂枕)
+
** 帯箱
+
** 挟箱 一対
+
 
+
* 名所香箱
+
* 宇治香箱
+
* 古今香箱
+
* 花月香箱
+
* 十種香箱
+
* 葵紋蜀江文蒔絵伽羅割道具 一対
+
* 梨子地葵紋蒔絵長持 2棹
+
* 緋之袴 2腰
+
* 梨子地葵紋散蒔絵長刀拵(中身共) 一対(中身のうち1口 銘下坂出雲守貞重)
+
* 葵紋散蒔絵糸巻太刀拵太刀(中身 太刀 銘国行)
+
* 黒漆脇指拵
+
* (附指定)
+
** 葵紋亀甲繋文唐織油箪 2枚
+
** 唐織文箱袋 11枚
+
** 繻珍詰物 4本
+
** 霊仙院様御道具目録 1巻
+
** 建中寺霊仙院道具目録 3冊
+
 
+
 
+
; 金銀調度類
+
* 純金台子皆具(だいすかいぐ)
+
** 純金台子
+
** 純金葵紋蜀江文切合せ風炉
+
** 純金霰丸形切合釜
+
** 純金葵紋蜀江文水指
+
** 純金葵紋蜀江文下蕪形杓立
+
** 純金葵紋牡丹唐草文建水
+
** 純金唐草文三足形蓋置
+
** 純金葵紋天目
+
** 純金葵紋蜀江文天目台
+
** 純金肩衝茶入
+
* 純金葵紋蜀江文棗(なつめ)
+
* 純金花鳥図香盆飾り
+
** 純金花鳥図香盆
+
** 純金葵紋唐草文阿古陀形炷空入(たきがらいれ)
+
** 純金葵紋唐草文瓜形炷空入
+
** 純金葵紋薫物壺
+
** 純金葵紋唐草文阿古陀形香炉
+
* 純金葵紋山水図香盆飾り
+
** 純金葵紋山水図香盆
+
** 純金葵紋唐草透六角形香筯建(きょうじたて)
+
** 純金葵紋蜀江文三足香炉
+
** 純金葵紋蜀江文三重香合
+
* 純金葵紋蜀江文沈箱
+
* 純金葵紋散蜀江文硯箱
+
* 純金葵紋蜀江文薬鍋
+
* 純金葵紋蜀江文薬茶碗
+
* 純金葵紋牡丹唐草文盃
+
* 純金葵紋蜀江文皿
+
* 純金薬茶碗
+
* 銀檜垣に梅図香盆飾り
+
** 銀檜垣に梅図香盆
+
** 銀六角形香筯建
+
** 銀三足香炉
+
** 銀三重香合
+
** 銀瓜形炷空入
+
** 銀阿古陀形香炉
+
* 銀葵紋唐草文手拭掛
+
 
+
</div>
+
</div>
+
 
+
== 常設展 ==
+
{{節スタブ|date=2016年11月}}
+
{{要出典|date=2016年11月|常設展示室には、藩主の公的生活の場であった、[[名古屋城]]二の丸御殿の一部を時代考証に基づいて復元してある。こうした展示方法により、道具類(現代の言葉でいう「美術品」「文化財」)が、床の間、茶室、能舞台といった実際の場面で、どのように飾られ、使われたのかが理解できるように工夫されている。}}
+
 
+
== 企画展・展覧会 ==
+
{{節スタブ|date=2016年11月}}
+
 
+
== イメージキャラクター ==
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=== トクさん ===
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<!--いつ、どこで、誰が、どうして作ったキャラクターだ、という説明がない。-->
+
* {{いつ|date=2016年11月}}「[[ミュージアムキャラクターアワード2015]]」において、館長の徳川義崇をモデルにしたキャラクター 「トクさん」は25,060票を獲得し1位に選ばれた{{Sfn|徳川黎明会|2016|pp=16,17}}<ref>[http://www.museum.or.jp/museum-chara/2015/ ミュージアム キャラクター アワード 2015 結果発表]</ref><ref>{{Cite web|url= http://www.museum.or.jp/modules/impoll/showcomments.php?poll_id=15&o_id=270 |title=ミュージアム キャラクター アワード 2015|publisher=Internet Museum Office|accessdate=2015年}}</ref>。
+
*2016年4月26日に、[[ニューヨーク]]の[[Academy of Interactive and Visual Arts(AIVA)]]<ref>[http://aiva.org/ AIVA Academy of Interactive and Visual Arts] 2016年11月11日閲覧。</ref>が発表した第22回「Communicator Awards」において、simpleshow Japan<ref>[ http://simpleshow.com/jp/ simpleshow - the explanation experts] 2016年11月11日閲覧。</ref>が制作した「トクさん」が登場する徳川美術館の解説動画が、2部門で銀賞を受賞した<ref>[http://inboundnavi.jp/tokugawa-museum-awards 徳川美術館の解説動画がNYにて賞を受賞 インバウンドナビ]2016年5月7日 インバウンドナビ</ref>。
+
=== 松井玲奈 ===
+
* 2015年度に、女優で元[[SKE48]]の[[松井玲奈]]が徳川美術館・蓬左文庫の開館80周年ビジュアルキャラクターに起用された{{Sfn|徳川黎明会|2016|pp=16,17,19}}<ref>[http://www.rbbtoday.com/article/2015/10/23/136403.html 元SKE48・松井玲奈、“国宝”とともに…徳川美術館イメージキャラクター就任]2015年10月23日 RBB TODAY</ref>。
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 +
その後の顛末は不明。
 
== 交通手段 ==
 
== 交通手段 ==
{{出典の明記|date=2016年9月|section=1}}
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[http://www.tokugawa-art-museum.jp/usage/getting-here/ 徳川美術館 > 交通アクセス]
* [[大曽根駅]]下車、徒歩10分~15分。または大曽根の西駅前広場の3番乗り場から([[名古屋市営バス|市バス]]栄15号系統)栄行き(1時間1本)に、または([[名古屋市営バス|市バス]]東巡回)茶屋ヶ坂行き(1時間に1本)で、徳川園北[[バス停留所|停留所]]下車、徒歩5分。
+
* [[基幹バス (名古屋市)|基幹バス]]([[名古屋市営バス|市バス]]基幹2系統・[[名鉄バス]])の徳川園新出来[[バス停留所|停留所]]下車、徒歩5分。
+
* [[メーグル]](なごや観光ルートバス)徳川園下車。
+
  
 
== 関連項目 ==
 
== 関連項目 ==
 
{{Commonscat|Tokugawa Art Museum}}
 
{{Commonscat|Tokugawa Art Museum}}
 +
* [[蓬左文庫]]
 
* [[桜井清香]] - [[画家]]。同館学芸員を務めた。
 
* [[桜井清香]] - [[画家]]。同館学芸員を務めた。
* [[美術館の一覧]]
 
  
 
== 脚注 ==
 
== 脚注 ==
{{Reflist}}
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{{Reflist|2}}
{{脚注ヘルプ}}
+
  
 
== 参考文献 ==
 
== 参考文献 ==
<!--版年降順-->
+
* 徳川黎明会(2016) [http://www.tokugawa.or.jp/image02-PDF/H27-houkoku.pdf 平成27年度事業報告書] 公益財団法人徳川黎明会、2016年7月4日
* {{Cite report |author= 徳川黎明会 |year= 2016 |title= 平成27年度事業報告書 |url= http://www.tokugawa.or.jp/image02-PDF/H27-houkoku.pdf |format= PDF |publisher= 公益財団法人徳川黎明会 |date= 2016-07-04 |accessdate= 2016-09-29 |ref= harv }}
+
* 香山(2016) 香山里絵「[http://www.tokugawa-art-museum.jp/academic/publications/kinshachi/items/bcd297314498ffc33ee5c1ce05ca0657a85cb7b9.pdf 『尾張徳川美術館』設計懸賞]」(pdf)『金鯱叢書』第43巻、徳川美術館、2016年3月、103-131頁、ISSN 2188-7594
* {{Cite journal|和書|last= 香山 |year= 2016 |first= 里絵 |title= 『尾張徳川美術館』設計懸賞 |journal=金鯱叢書  |volume= 43 |pages= 103-131 |publisher= 徳川美術館 |date= 2016-03 |issn= 2188-7594 |url= http://www.tokugawa-art-museum.jp/academic/publications/kinshachi/items/bcd297314498ffc33ee5c1ce05ca0657a85cb7b9.pdf |format= pdf |accessdate= 2016-10-03 |ref= harv }}
+
* 香山(2015) 香山里絵「[http://www.tokugawa-art-museum.jp/academic/publications/kinshachi/items/f288e26192a7749fd5b95f8951f47540c8adbd4d.pdf 明倫博物館から徳川美術館へ‐美術館設立発表と設立準備]」(pdf)『金鯱叢書』第42巻、徳川美術館、2015年3月、27-41頁、ISSN 2188-7594
* {{Cite journal|和書|last= 香山 |year= 2015 |first= 里絵 |title= 明倫博物館から徳川美術館へ‐美術館設立発表と設立準備 |journal=金鯱叢書  |volume= 42 |pages= 27-41 |publisher= 徳川美術館 |date= 2015-03 |issn= 2188-7594 |url= http://www.tokugawa-art-museum.jp/academic/publications/kinshachi/items/f288e26192a7749fd5b95f8951f47540c8adbd4d.pdf |format= pdf |accessdate= 2016-10-03 |ref= harv }}
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* 香山(2014) 香山里絵「[http://www.tokugawa-art-museum.jp/academic/publications/kinshachi/items/41.pdf 徳川義親の美術館設立想起]」(pdf)『金鯱叢書』第41巻、徳川美術館、2014年3月、1-29頁、ISSN 2188-7594
* {{Cite journal|和書|last= 香山 |year= 2014 |first= 里絵 |title= 徳川義親の美術館設立想起 |journal=金鯱叢書  |volume= 41 |pages= 1-29 |publisher= 徳川美術館 |date= 2014-03 |issn= 2188-7594 |url= http://www.tokugawa-art-museum.jp/academic/publications/kinshachi/items/41.pdf |format= pdf |accessdate= 2016-10-03 |ref= harv }}
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* 林政研 (2013年) [http://www.tokugawa.or.jp/institute/002.0000-rekishi.htm 徳川林政史研究所ホーム > 徳川林政史研究所の歴史] 徳川林政史研究所、2013年
* {{Cite web |author= 林政研 |year= 2013 |url= http://www.tokugawa.or.jp/institute/002.0000-rekishi.htm |title= 徳川林政史研究所ホーム 徳川林政史研究所の歴史 |publisher= 徳川林政史研究所 |accessdate=2015-03-09|ref= harv}}
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* 毎日新聞社(2000) 毎日新聞社図書編集部編、文化庁監修『国宝・重要文化財大全 別巻(所有者別総合目録・名称総索引・統計資料)』毎日新聞社、2000年。ISBN 4620803332
* {{Cite book|和書|last= 毎日新聞社 |year= 2000 |first= 図書編集部編、文化庁監修 |title= 国宝・重要文化財大全 別巻(所有者別総合目録・名称総索引・統計資料) |publisher= 毎日新聞社 |isbn=  4620803332 |ref= harv }}
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* 小田部(1988) 小田部雄次 『徳川義親の十五年戦争』 青木書店、1988年。ISBN 4250880192
* {{Cite book|和書|last= 小田部 |year= 1988 |first= 雄次 |authorlink= 小田部雄次 |title= 徳川義親の十五年戦争 |publisher= 青木書店 |isbn= 4250880192 |ref= harv }}
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2018年4月3日 (火) 03:57時点における版

徳川美術館

徳川美術館(とくがわびじゅつかん)は、愛知県名古屋市東区徳川町の徳川園内にある、公益財団法人 徳川黎明会が運営する私立美術館1935年に開設された。おもな収蔵品は、尾張徳川家伝来の大名道具や、他の大名家の売立てでの購入品、名古屋の豪商らからの寄贈品などで、2018年現在、国宝9件、重要文化財59件を含む1万点余りを収蔵している。2014年に管理部長によるセクハラ事件が公になり、黎明会の「前近代的な対応」が物議をかもした。

沿革

構想

1910年(明治43年)は「名古屋開府300年」にあたり、祝賀行事の一環として、尾張徳川家は同年4月9日から3日間、名古屋で、初代・義直ゆかりの品を中心とした什器の展覧会を開催し、また同年3月-6月に名古屋市門前町の愛知県商品陳列館で開催された新古美術展覧会に書画や器物を出品した。それ以降、尾張徳川家の什宝は『国華』誌でたびたび取り上げられるようになった。[1]

1912年4月には、東京帝国大学・京都帝国大学の文科大学の教授・講師が名古屋・大曽根邸を訪問して什宝を観覧、同行した国華社が什宝の写真を撮影し、同年5月18日に東京帝国大学文科大学の集会所でこの写真の展示会が行なわれ、反響を呼んだ。また1915年5月29日には、東京帝国大学の山上御殿で源氏物語絵巻3巻など尾張徳川家所蔵の絵巻物6点の展覧が行なわれ、約700人が観覧に訪れた。[2]

什宝の展覧会がたびたび話題を呼んだことで、尾張徳川家第19代当主・義親は、什宝の保存や公開の必要性を感じるようになり、美術館の設立を構想したとみられている[3]

設立準備

1910年代後半に尾張徳川家は拠点を名古屋から東京に移して、名古屋の土地家屋を処分、拠点・事業の整理・縮小を進め、名古屋における同家の拠点は大曽根の別邸に集約されることになった。同家御相談人片桐助作は、1910年から1915年にかけて未鑑定品を中心に同家の什宝の整理を進めた[4]

1920年1月12日に義親は新聞を通じて大曽根邸の敷地に尾張徳川家の宝物を公開する博物館を設立する構想を発表[5]。予算は50-100万円で、収蔵点数は約1万点、刀剣が多いと見積もられていた[6]。1921年には、片桐の整理の結果を基に、重複品・不要品とされた什宝(全体の10-15%)が競売に出され、売上総額約57万円は博物館の設立準備金として運用された[7]

開設

1929年に鈴木信吉が尾張徳川家の家令となると、博物館構想は急速に具体化し[8]、1931年12月、財団法人尾張徳川黎明会が設立され、尾張徳川家伝来の什宝・書籍類のほとんどが同財団に寄付された[9]。1932年9月には大曽根で美術館建設が着工した[10]

義親は、1933年に、蜂須賀正氏の「豊国祭礼図屏風」、紀伊徳川家徳川頼貞の「清正公兜」など、他の華族が経済的に逼迫して競売に出した家宝を落札、1935年には近衛文麿から「侍中群要」を交換で入手するなどして、開館準備を進めた[11]。また義親は、源氏物語絵巻の一般公開に際して、長年絵巻の開巻を繰り返したことにより劣化が進んでいたため、田中親美に絵巻を切断させた[12]

1935年に美術館の建物が竣工し、同年11月10日に美術館は一般公開を開始した[13]

建物

徳川美術館本館と南収蔵庫の建物は、吉本与志雄の設計により1935年に竣工した帝冠様式(和風の屋根や外観をもった洋式建築)のデザインの建物で、造形の規範となっているものとしてそれ自体が1997年6月12日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されている[14]

主な収蔵品

主な収蔵品は、

  • 駿府御分物徳川家康の遺品)など尾張徳川家伝来の大名道具
  • 徳川将軍家や一橋徳川家、蜂須賀家など他の大名家の売立てでの購入品
  • 名古屋の豪商であった岡谷家や大脇家、高松家をはじめとする篤志家らからの寄贈品

などで、国宝・源氏物語絵巻のほか、西行物語絵巻豊国祭図屏風、「初音の調度」などの所蔵品で知られる。[15]

収蔵点数は、2018年現在、国宝9件、重要文化財59件を含む1万件余り[16]

  • 2000年当時は、国宝9点、重要文化財52点[17]
  • 1988年時点は、国宝8点、重要文化財50点、重要美術品37点[18]

を収蔵していた。

なお、徳川美術館所蔵の国宝・重要文化財の所有者は、公益財団法人 徳川黎明会(法人所在地は東京都豊島区)とされているため、統計上は美術館所在地の愛知県ではなく、法人所在地の東京都の文化財としてカウントされており、美術館の建物は名古屋市の登録文化財としてカウントされている[19]

収蔵品の一覧を閲覧できる外部サイト

常設展

常設展示室には、藩主の公的生活の場であった、名古屋城二の丸御殿の一部を時代考証に基づいて復元してある。こうした展示方法により、道具類(現代の言葉でいう「美術品」「文化財」)が、床の間、茶室、能舞台といった実際の場面で、どのように飾られ、使われたのかが理解できるように工夫されている。(出典?)

企画展・展覧会

セクハラ事件

2014年6月に、徳川美術館の女性職員2人が、徳川黎明会から派遣されてきた大手都市銀行OBの男性管理部長によるセクハラパワハラが放置されているとして、名古屋地裁に対し、黎明会の使用者責任を問い、計400万円の損害賠償金の支払いを求め、労働審判を申し立てた[20]

申し立てによると、管理部長は2013年1月から2014年5月までの間、2人に対し、肩や手を触ったり、ホテルや旅行に誘うなどした。また、ボーナス査定時に「パワハラ、セクハラに付き合えば10万円アップ」と発言。「ジャズクラブに行こう」などと誘い、断られると「業務命令だ。出世に関与する」と威圧するなどした。美術館の女性職員15人のうち、2人を含む6人が管理部長のセクハラを証言する陳述書を提出した。[21]

更に、女性からハラスメントについて相談を受けた四辻秀紀副館長兼学芸部長が管理部長を注意したところ、管理部長は行為を否定、逆に、管理部長を注意した四辻副館長が、黎明会の専務理事から叱責を受け、更に黎明会(会長・徳川義崇)から、ハラスメントを訴えた女性とともに退職勧奨を受け、副館長職を解任された。[22]

これを受けて、同年7月、徳川美術館の職員有志(学芸員一同)が、インターネット上で、退職勧奨の取消しを求める署名活動を展開し、署名を徳川義崇・黎明会会長に提出[23]

黎明会はホームページに反論を掲載した[24]

同年9月29日に、美術館の職員有志は、退職勧奨が取り下げられず、更に黎明会が労使合意なく賃金等の労働条件改定を強行しようとした、として、労働組合を結成した[25]

財団にはこれまでにも再三訴えて参りましたが、このような前近代的かつ恣意的な措置がとられる組織において、職制を通じた申し入れなど全く意味をなさないため、これからは退職勧奨問題・ハラスメント問題など、全て組合が対応いたします。

徳川美術館 学芸員一同

同年10月28日に名古屋地裁の労働審判で調停が成立し、黎明会は事実上ハラスメントと受け取られる行為があったことを認め、女性職員側は損害賠償の請求を放棄した[26]

その後の顛末は不明。

交通手段

徳川美術館 > 交通アクセス

関連項目

脚注

  1. 香山(2014)pp.3-6,7-8,16
  2. 香山(2015)p.28、香山(2014)pp.15,20
  3. 香山(2014)p.20
  4. 香山(2015)pp.27-28,31-32、香山(2014)p.11
  5. 香山(2015)pp.28,32-33。香山(2014,p.2)は、1919年(大正8年)に美術館建設計画を発表した、としている。
  6. 香山(2015)pp.32-33
  7. 香山(2015)pp.28,32-36
  8. 香山(2016)p.104
  9. 小田部(1988)pp.18,46-47、林政研(2013)
  10. 香山(2016)p.121
  11. 小田部(1988)pp.47-49
  12. 小田部(1988)p.30 - 義親の日記による。当初周囲の猛反対にあって切断が実行されるまでに3年を要したとされる(同)。
  13. 香山(2014)p.1、林政研(2013)、愛知県(2011)、小田部(1988)p.29
  14. 国指定文化財等データベース > 徳川美術館本館(文化庁、2016年)、愛知県(2011)
  15. 小田部(1988)pp.29-30
  16. 徳川美術館 > おもな収蔵品
  17. 毎日新聞社(2000)pp.92-93
  18. 小田部(1988)pp.29-30
  19. 指定文化財等目録一覧 名古屋市、2010年
  20. 『中日新聞』2014年6月12日、『東京新聞』2014年6月12日
  21. 『中日新聞』2014年6月12日、『東京新聞』2014年6月12日
  22. 『中日新聞』2014年6月12日・同年10月29日、『東京新聞』2014年6月12日
  23. 『中日新聞』2014年10月29日、徳川美術館 四辻秀紀氏・大田智恵氏への退職勧奨の取り消しを求めます。 徳川美術館学芸員一同
  24. 『中日新聞』2014年10月29日
  25. 『中日新聞』2014年10月29日、ご報告 徳川美術館 学芸員一同、2014年11月13日
  26. 『中日新聞』1914年10月29日

参考文献

外部リンク