釧路市

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釧路市(くしろし)は、北海道東部、太平洋沿岸にあるである。市内に日本製紙王子製紙の二つの製紙工場があり工業が盛ん。また、北海道最大の穀物輸出入港釧路港を有する港湾都市でもある。 また、世界三大夕日の都市で北海道の三大名橋幣舞橋から見る夕日は、世界三大一覧バリ島、マニラ<サントリーニ島>であるともいわれている。

北海道釧路支庁がおかれ、北海道内では札幌市旭川市函館市に次ぐ4番目の人口規模である[1]。面積は、北海道内では北見市足寄郡足寄町に次いで3番目に広い[2]

市名の由来[編集]

市名の由来はアイヌ語による以下の諸説があるが、どれかは定かではない。

  • 「クツチヤロ」(のどのようなところ・沼の水が流れ出る場所)
  • 「クシベツ」「クシナイ」(通り抜けることのできる川)
  • 「クシユル」(通路)
  • 「クスリ」(不明)

更に詳細な歴史については、釧路市が作成・ネット公開している釧路市統合年表にて閲覧可能である。

地理[編集]

北海道の東部太平洋側、釧路支庁南部に位置する。

市内を釧路川、阿寒川が流れるほか、阿寒湖春採湖(はるとりこ)がある。旧釧路市は平地に位置するため山はほとんどなかったが、合併により北西部に旧阿寒町の雄阿寒岳などの山岳地帯を含むようになった。北東部は釧路湿原国立公園と隣接し、釧路湿原との境界ぎりぎりのところまで住宅が立ち並ぶ。

気候[編集]

夏季は南北からの暖気と冷気がぶつかりが発生しやすく、最高気温が20度に満たない日も珍しくない。25度以上の夏日は年に数日~十数日程度、30度以上の真夏日にいたっては極めて稀だが(2007年8月15日に30.0度を記録。これは1984年8月6日以来、平成になって初の真夏日である。)、湿度は平均的に高く、霧の日などは100%に達することもある。 冬季は積雪量が比較的少なく、晴天が多く天候は穏やか。秋季と冬季では、日照時間が道内の諸都市に比べ長い。なお、ケッペンの気候区分では亜寒帯湿潤気候(Dfb)に属する。

商業[編集]

在来の駅前の北大通地区に対し、愛国・春採・武佐地区に生協を中心とした購買圏が出来、近年では郊外地区を中心に大型ショッピングセンターが展開している。他の地方都市と同様、中心部の商業地はラルズ丸井今井撤退で活気がない状態である。

沿革[編集]

  • 1600年代(寛永年間) 松前藩によりクスリ場所が置かれる。
  • 1869年(明治2年) 「クスリ」から「釧路」に改称。
  • 1880年(明治13年) 戸長役場が置かれる。
  • 1900年(明治33年) 一級町村制が施行され、釧路町となる。(現釧路町とは異なる)
  • 1920年(大正9年) 区制施行、釧路区となる。しかし、区制施行する際に行政面積が広すぎるとの北海道庁からの指導を受けて、区制施行と同時に釧路村(現釧路町)として分村させた歴史経緯が、後に釧路市と釧路町との釧・釧合併論議に障害を来たす事となる。
  • 1920年(大正9年) 木村組炭礦と三井釧路炭礦の合併により太平洋炭礦設立。
  • 1922年(大正11年)8月1日 市制施行、釧路市になる。
  • 1935年(昭和10年) タンチョウが国の天然記念物に指定。春採台地竪穴群・モシリヤチャシ跡・鶴ヶ岱チャランケチャシ跡が国指定の史蹟になる。
  • 1938年(昭和13年)1月6日 現在の釧路町別保原野北の丘陵部に民間用の陸上飛行場(700 m×650 m)が開港。
  • 1945年(昭和20年)7月14日 米軍による空襲で192名死亡。都心部が焼け野原となる。壊滅的な被害を受けた栄町地区は戦後一部を公園化する。
    • 8月16日 ソ連のスターリン、釧路市と留萌市を結ぶ線より北東側の北海道をソ連占領地域とするよう要求したがGHQが拒否。これがなければ、釧路市は現在ロシア領の都市となっていた可能性もある。
  • 1949年(昭和24年) 鳥取町(現釧路市西部の愛国・鳥取・星が浦地区など)合併、白糠村(現白糠町)の一部を編入。
  • 1952年(昭和27年)3月4日 1952年十勝沖地震が発生。
  • 1952年10月(昭和27年) 日本銀行釧路支店が開業。
  • 1954年(昭和29年) 和商市場の原点となる駅前市場が開業。
  • 1964年(昭和39年)都市改造事業が開始。市のメーンストリートである北大通の三車線化工事始まる。
  • 1968年(昭和43年)5月16日 1968年十勝沖地震発生。
  • 1975年(昭和50年)10月1日 釧路市動物園が開園。
  • 1980年(昭和55年)8月 幣舞公園に花時計が完成(当時国内の野外花時計で最大規模)。
  • 1982年(昭和57年)8月 市制施行60周年記念式典が開催。
  • 1984年(昭和59年)1月 釧路たんちょう国体(冬季スケート) が開催。
  • 1987年(昭和62年)7月 釧路湿原が28番目の国立公園となる。
  • 1989年(平成元年)7月14日 釧路フィッシャーマンズ・ワーフMOOが開店。
  • 1993年(平成5年)1月15日 釧路沖地震発生。
  • 1994年(平成6年)10月4日 1994年北海道東方沖地震が発生。
  • 1997年(平成9年) 釧路開催としては2度目の国体・くしろ湿原国体(冬季スケート)が開催。
  • 2001年(平成13年) 釧路川の名称が34年ぶりに復活。
  • 2001年(平成13年)12月7日 太平洋炭礦が閉山を提案。
  • 2001年(平成13年)12月23日 太平洋炭礦をひきつぐ新会社釧路コールマインが設立。
  • 2002年(平成14年)1月30日 太平洋炭礦閉山、82年の歴史に幕をおろし、釧路コールマインが引き継ぐ。
  • 2002年(平成14年)11月4日 釧路町長選での公選法違反容疑で綿貫健輔市長(当時)と幹部2人を逮捕。
  • 2003年(平成15年)9月26日 2003年十勝沖地震が発生、釧路市幸町で震度5強を観測。釧路空港が一時使用不能となる。
  • 2004年(平成16年)1月 釧路市、阿寒町白糠町音別町の4市町による合併協議から白糠町が離脱。
  • 2005年(平成17年)10月11日 釧路市と阿寒町、音別町が新設合併し、新たに「釧路市」として発足。議会には合併特例法による在任特例を適用。3市町の首長は失職し、16日に公示された新市長選挙で旧釧路市長が無投票当選した。
  • 2006(平成18年)8月20日 丸井今井釧路店、閉店。

経済[編集]

産業[編集]

大規模な港湾を有し、後背地には広大な工業団地を抱える。帯広市北見市など内陸諸都市の9割の港湾取扱貨物を扱い外港としての役割が大きい。北海道の面積の43%の地域の生活物資が釧路港に依存している。また、大韓民国釜山との間に国際定期コンテナ航路が開かれ、東北海道最大の国際物流拠点となっている。漁業(スケソウダラマダラサンマイカ)は北海道最大の規模。全国の13%を占めており、1990年まで全国1位の水揚げを記録していた。(13年連続 国内、世界1位)

かつての炭鉱(太平洋炭礦)は2002年に閉山、現在は釧路コールマインにより「釧路炭鉱」として規模を縮小しつつ国内最後の坑内掘り炭鉱として採掘を再開している。

釧路湿原国立公園阿寒国立公園への入口であり、国土交通省の国際会議観光都市として充実した国際級のコンベンション施設を有し、国連環境会議等、数次の国際会議の開催実績がある。

しかし、水産業が輸入品によって押され、観光産業も東京や札幌など大都市から遠いことも災いして伸び悩んでいる。さらに、イオン北海道が展開するイオン釧路昭和ショッピングセンターや隣の釧路町にあるポスフールなどの郊外型商業施設に押され、中心地にあったラルズ(旧金市館)や丸井今井が撤退し、その代替施設も買手がつかない状態であり、シャッター街となってしまっている。

釧路市、白糠町全域が釧路・白糠次世代エネルギー特区に指定され、ジメチルエーテルの研究・供給拠点の集積を図っている。[3]

  • 工業団地
    • 釧路白糠工業団地
    • 西港臨海工業団地
    • 釧路益浦軽工業団地
    • 釧路愛国ソフトパーク

立地企業[編集]

金融機関[編集]

釧路市内に本支店等を置く金融機関

※札幌銀行釧路支店、鳥取支店は2008年10月10日をもって営業を終了する予定、その後は北洋銀行になる予定。

郵便[編集]

報道機関[編集]

新聞[編集]

テレビ・ラジオ[編集]

HBC以外の民放テレビ局は、釧路放送局ないしは支社があり、TVhの釧路分室もある。

姉妹都市・提携都市[編集]

海外[編集]

国内[編集]

  • 友好都市
    • 秋田県湯沢市 1963年(昭和38年)締結。湯沢市出身の移住者が多かったという歴史による。
    • 千葉県八千代市 1982年(昭和57年)締結。両市ともブロンズ像のある橋を持つという関係。
    • 山梨県都留市 1992年(平成4年)締結。釧路市で創作活動を行なった洋画家・増田誠が都留市出身であることから。
    • 鳥取県鳥取市 1963年(昭和38年)締結。旧鳥取藩士族が釧路市鳥取地区に入植した歴史による。
    • 岡山県岡山市 1980年(昭和55年)締結。岡山市は庭園後楽園タンチョウを飼育しており、ともにタンチョウをシンボルとする関係。
    • 徳島県那賀町 2006年(平成18年)締結。旧音別町と旧鷲敷町が締結していた提携を新自治体同士で再度行ったもの。
    • 鹿児島県出水市 1989年(平成元年)締結。ナベヅル生息地であり、鶴生息地同士という関係。

医療機関[編集]

  • 総合病院
    • 釧路市立総合病院
    • 釧路赤十字病院
    • 釧路市医師会病院
  • 病院・診療所
    • 釧路労災病院
    • 釧路北病院
    • 釧路第一病院
    • 釧路中央病院
    • 太平洋記念みなみ病院
    • 釧路がん検診センター
    • 小島病院
    • 谷藤病院
    • 釧路協立病院
    • 協立すこやかクリニック

教育機関[編集]

大学・短期大学[編集]

専修学校[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

    • 大楽毛、北、共栄、景雲、桜が丘、青陵(※)、鳥取、鳥取西、幣舞(※)、春採、美原、北海道教育大学附属

小学校[編集]

    • 愛国、青葉、芦野、興津、大楽毛、釧路、共栄、光陽、湖畔、桜が丘、東雲(※)、昭和、城山、新陽、清明、中央、朝陽、鶴野、、鳥取、鳥取西、美原、武佐、北海道教育大学附属
  • 小中学校
    • 山花

特殊教育学校[編集]

※釧路北高校・釧路西高校(以上道立)・釧路星園高校(市立)は2007年4月開校の北海道釧路明輝高等学校(道立)へ統合(実質的には釧路北高校への統合)
※青陵中は2004年4月に武佐中と緑陵中を統合して発足
※幣舞中は2004年4月に東中と弥生中を統合して発足
※東雲小は2005年4月に白樺台小と桂恋小を統合して発足
※中央小は2007年4月に旭小と寿小を統合して発足
※青葉小は2007年4月に駒場小と新川小を統合して発足
※釧路小は2008年4月に東栄小と柏木小と日進小を統合して発足


交通[編集]

空港[編集]

鉄道[編集]

新幹線延伸構想[編集]

北海道内の新幹線について、かつて札幌~釧路間をも繋ぐ構想があがったことがある。

1969年(昭和44年)5月、国鉄(現JR)の同構想を含んだ新全国総合開発計画(新全総)を決定し発表。1970年3月、当時の自民党案をそっくり呑んで決議されたとも言われる鉄道建設審議会運輸大臣の諮問機関の一つ)作成の「全国新幹線整備網」要綱では「北海道3号線(札幌~釧路)」として盛り込まれた(完成目標時期は15年後の1985年を想定)。この要綱に対し「財源の事をまるで考慮していない」という批判が起こったため、1970年5月、批判を和らげる狙いであえて故意に内容をぼかし(優先順位の低い路線の路線名記述を避ける等)曖昧にした[要出典]法案が全国新幹線鉄道整備法として国会で可決された。しかし以後(同年11月以降)は同法で優先順位が高いと明記されていた5路線(東京~札幌間を含む)ばかりが討議される事になり、このまま構想が立ち消えする様相を見せた。

再び注目され脚光を浴びたのは、1972年7月に首相に就任した田中角栄が就任直前の同年6月に著しベストセラーとなった「日本列島改造論」による。同書では具体的な路線について「北海道横断新幹線(札幌~釧路間)」と明記された。時の政権与党の有力者かつ首相であり、また同書に記した幾つかの構想を首相任期中に実行する事に只ならぬ意欲も見せており、構想が復活する期待が高まった。しかし翌年(1973年)10月16日に発生した第一次オイルショックの影響で地価物価が急上昇し高度経済成長に陰りも見え始めたため、需要抑制および省エネルギー政策への転換が発表された。ちょうど、この時期に決定された新幹線整備計画(5路線)新幹線基本計画(12路線)にもその影響は強く反映され、整備計画に「北海道新幹線・青森~札幌間」、基本計画に「北海道新幹線・札幌~旭川間」「北海道南回り新幹線・長万部~札幌間(室蘭経由)」は残るものの、他の道内新幹線路線構想は一切外されることとなった。

翌年、政策転換の旗振り役であった福田赳夫運輸大臣との対立(結局、同大臣は職を辞して閣外に去ってしまった)のほか、同年の参議院選挙大敗による党内求心力低下や国会での金脈問題追求などにより田中が政権の座を追われる事で、同構想に潜在的な支援を期待出来そうな大物政治家を事実上失うこととなり、以後、釧路まで新幹線を延伸させる構想は官民問わず表立って浮上しなくなった。

現在、同構想は時折政治家の発言で触れられる程度となっている。[4]また、JR関係者が軌間可変電車を念頭にした発言を行ったこともある。[5]

港湾[編集]

釧路港は水産のイメージがあるが、入港船舶総トン数1700万トンのうち、25%が外国商船、70%が内航商船で、漁船は3%となっている。

道路[編集]

バス[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

文化財[編集]

  • アイヌ古式舞踊(国指定重要無形民俗文化財)
  • モシリヤ砦跡(国指定史跡)
  • 春採台地竪穴群(国指定史跡)
  • 鶴ケ岱チャランケ砦跡(国指定史跡)
  • 東釧路貝塚(国指定史跡)
  • 北斗遺跡(国指定史跡)
  • 阿寒湖のマリモ(国指定特別天然記念物)
  • 春採湖ヒブナ生息地(国指定天然記念物)
  • 円空作観音像(北海道指定有形文化財)

レジャー[編集]

  • 釧路市民球場
  • 釧路市大規模運動公園
  • 釧路市動物園 ※敷地面積は47.8 ha。動物園としては日本で二番目に広い規模。
  • 釧路市立博物館
  • 山花温泉リフレ
  • 柳町公園
  • 北海道立釧路芸術館
  • 釧路市立美術館 ※「まなぼっと幣舞」内に開館。
  • 釧路市こども遊学館
  • 釧路市立釧路図書館
  • 千代ノ浦観光漁港

観光[編集]

祭り・イベント[編集]

  • くしろ氷まつり(2月上旬)
  • 福司酒造 蔵開放・見学(3月上旬)
  • くしろチューリップ&花フェア(5月下旬~6月上旬)
  • 厳島神社例大祭(7月上旬)
  • 山神篝火三五四まつり(7月上旬)
  • 釧路湿原マラソン(7月下旬)
  • くしろ港まつり(8月上旬)
  • くしろ千燈祭(8月中旬)
  • 春採湖水まつり(8月中旬)
  • くしろ大漁どんぱく(9月上旬)
  • 鳥取神社例大祭(9月中旬)
  • 活き生きくしろキャンペーン(9月下旬)
  • くしろ健康まつり(10月上旬)
  • くしろスポーツフェスティバル(旧釧路市民大運動会・10月上旬、2006年は雨天中止)
  • 釧路ラーメンれんが横丁(10月下旬)
  • くしろ菊まつり(10月下旬)
  • くしろ物産まつり(12月上旬)
  • ふゆフェスタくしろ(12月上旬~2月上旬)

文化[編集]

食文化[編集]

  • 釧路ラーメン: 魚ダシベースの醤油味スープに極細縮れ麺で作るあっさりしたオーソドックスなラーメン
  • 鉄板皿のスパゲッティ: 「レストラン泉屋」が発祥とされる。
  • 炉端焼き: 釧路発祥とされる。
  • 勝手丼: 和商市場名物。丼ご飯を買い、和商市場内の鮮魚店で魚介類などの具を買い足して丼に乗せて食べるもの。
  • ザンギ
  • 鯨肉料理
  • 福司: 釧路市で唯一清酒を製造している蔵元「福司酒造」の製品。
  • 釧路港町ビール: 釧路市にある地ビール
  • 緑色のそば: 「竹老園東家総本店」が発祥。緑色の麺の正体はクロレラ

スポーツ[編集]

釧路を舞台にした歌[編集]

釧路を舞台にした映画・TVドラマ[編集]

釧路を舞台にした漫画・小説[編集]

釧路で撮影ロケして製作されたCM[編集]

出身の有名人・所縁の深い有名人[編集]

政治・経済・軍事・社会運動・その他[編集]

学術・文化・芸術[編集]

芸能・マスコミ[編集]

スポーツ[編集]

市政・町づくりに関する諸計画・構想等[編集]

テンプレート:雑多な内容の箇条書き


  • 戦前、現鶴ケ岱公園より春採湖周辺まで連なる広大な土地を全て「春採公園」という名称で市民の憩いの場とする計画があったが、第二次世界大戦により中止・縮小された。
  • 音別町(当時は白糠郡・釧路市外。現釧路市音別町)に進出・建設され操業中の大塚製薬釧路工場は、当初は釧路市内(旧釧路市内)に進出する構想があったものの、当時の工場誘致条例を廃止した当時の市長の方針であった大企業の釧路市内進出阻害を鑑み、現敷地に進出ということで落ち着いている。
  • JRAの場外馬券場の設置の際、市教育委員会、PTAなど教育方面からの反対によって釧路町への設置となった。その後の助成金など大幅な収益を見込み、ほっかいどう競馬、ボートピアなどの場外発売場設置を誘致するものの、それぞれ集約、撤収などされている。
  • 駅西再開発準備組合を設立、和商市場横に釧路振興公社を介し5年契約で借りた土地に仮店舗(ゆくゆくはビル化を検討)を設けて進められていたが、国内大手スーパー西友誘致も地権者争いのあおりで実現せず、計画自体も頓挫。駅西再開発準備組合は駅西土地管理組合に改組された。
  • 釧路駅前に立地し、1994年に撤退・閉鎖(その後、旧十条サービスセンター跡にビッグハウスとして再進出)されたラルズの建物を周辺商店街が買い取り、活用することで空洞化を防ごうという試みがあったが、想定以上に同不動産の評価額が高く、購入に踏み切れなかったため、同建物1階は市の祭事期間等に各種展示会・催しに活用されるにとどまった。現在は建物・土地をビジネスホテル業者に買収され、建物は残っていない。
  • 釧路水族館をフィッシャーマンズワーフMOO界隈に建てる構想が存在していたが、建造費・維持費の想定額を捻出出来る状態では無いと市議会で判断。現時点では事実上、棚上げになっている。
  • 市の協力で建設された丸井今井旧釧路店(現在は、閉店・撤退済み)の駐車場・飲食店ビル「パステルパーク」の当初の建設計画では、現パステルタウン地下部分に地下連絡通路を造り、丸井今井旧釧路支店本館地下-パステルパーク地下フロア-旧KOM地下-旧オクノ釧路支店地下を連結させるという構想があり、採用直前まで進んでいたが、結局、諸般の事情によりこの構想は外されてしまった。丸井今井旧釧路店絡みの構想として他にも、旧本館と旧大通館の間を札幌本店 大通館-一条館の様に上空通路で連結させる計画も検討されていた事があったらしいが、同じく詳細は不明。
  • 民間での有志をつのり、市内二番目のコミュニティFM局「くしろコミュニティー放送」を設立・開局しようという運動があった。総務省北海道総合通信局にも免許申請されており、公式HP(現在、閉鎖中 インターネットアーカイブ版HP)などを通じ、引き続き参加者を募っていたが、2005年春頃に公式HP(2002年秋より更新停止状態)が閉鎖された。

脚注[編集]

  1. 山梨県甲府市とほぼ同じ人口である。
  2. 2005年の合併の結果。
  3. 将来到来する国のエネルギー政策転換・民間での燃料需要変化を見込み、太平洋炭礦にて石炭の液化技術の研究が進められ、完成にこぎつけた。しかし、製造コストを計上すると石油の国際価格の安価さには及ばず、閉山までに商用化に踏み切る事はなかった。但し、この技術はジメチルエーテル開発に影響を与えている。
  4. 2005年4月16日自由民主党幹事長だった武部勤北海道新幹線早期実現推進議員連盟会長)が講演会にて「北海道新幹線の着工式が5月22日に行われる。これこそ私たちが公約を実行できるという証。札幌、旭川、網走稚内、釧路へと、新幹線を延ばし大きくいこう。21世紀は北海道の時代。」と発言。
  5. 2006年4月、坂本眞一JR北海道会長が帯広市での講演会にて、軌間可変電車(フリーゲージ)技術を取り入れたフル規格北海道新幹線を道東方面(但し、この席では「帯広まで」と言うに留める)まで延伸・運行する構想を発表。帯広乗り入れを検討 JR北海道坂本会長 在来線使い、札幌経由で - 2006年4月26日(十勝毎日新聞)]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

テンプレート:釧路支庁の自治体